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はて?となぜのお嬢さん、嘘つき少年と中年教師


ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』 Seacia Pavao / (C) 2024 FOCUS FEATURES LLC


 4月から始まった「虎に翼」を、毎朝、楽しみにしている。朝ごはんを食べながら見て、今日の元気をいただいている感じだ。こんなにドラマにハマる自分に驚きつつ、知らずしらずのうちに、ずいぶんくたびれていたのだと気がついた。たとえば女性であること、母親であること、フリーであること、ひとつ目以外は自分で決めた結果なので、それなりに覚悟もあったはずだが、それでも(ちょっと大げさな言い方をすれば)世間の荒波に揉まれるうちに、少しずつ擦り減って、「スンッ」とした顔になってしまっていたのだなと思い至った。いつの間にか、主人公の寅子(伊藤沙莉)のように、邪気なく「はて?」と口にできなくなっていた。わからないことをわからないと声を上げる(さらに疑問を口に出した後も、何がわからずにモヤモヤしているのかを、じっくり考える)には、ものすごく元気が要る。

 ゴールデンウィークに観た、井上ひさし東京裁判を庶民の視点から厳しく問い直した、戯曲夢の泪」(こまつ座第149回公演)には、主人公の弁護士夫妻(ラサール石井、秋山菜津子)の娘・永子(瀬戸さおり)が、井上の眼として登場する。両親の法律事務所を手伝う永子は、敗戦直後の混乱下で、自分のわからないことや知らないことを素直に問い、日系二世のGHQ米陸軍法務大尉・ビル小笠原に「なぜのお嬢さん」と呼ばれる。果敢に質問を重ね、正しい理解に努め、弁護士として成長する永子の姿から、前に進むためには、元気に加えて、勇気も必要なのだということが伝わってきた。「(国に)捨てられた」と嘆く、幼なじみの健(前田旺志郎)を見つめる、永子の横顔が美しかった。


 元気も勇気も目減りする一方だが、はつらつとしたお嬢さん(寅子は母になったが)たちからの気づきをどうしたものか。アレクサンダー・ペインの新作「ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ」にヒントを見つけた。複雑な家庭事情を持つ、嘘つきで手癖も悪い生徒・アンガス(ドミニク・セッサ)と、学校の寮で、ホリデーシーズンを過ごすことになった、人気のない非常勤教師・ハナム(ポール・ジアマッティ)。新学期を迎えて、器のちいさなハナムが、アンガスもびっくりの、偉大な嘘をつく。当初は、それぞれ自分のために嘘をついていた二人だが、誰かのためについた嘘のやさしさは、本物だ。年齢を言い訳にしてはいけない。

 本作の舞台は1970年。アンガスハナムと一緒に、クリスマスと新年を祝う、学校の料理長メアリ(ダヴァイン・ジョイ・ランドルフ)は、ベトナム戦争で息子を亡くしたばかりだ。「世界はつらく、複雑な場所」というハナムの言葉は、現代に通じている。そして、寅子や永子の生きた時代とも、たしかにつながっている(今週、テレビの中では、寅子と永子の生きる時代が重なり、寅子はどんどん私たちの時代に近づいてくるのだろう)。

 ハナムはアンガスにこんなことも言っていた、「私の物語を語れるのは、私しかいない」と。いつの時代も、何歳になっても、それは変わらぬ真実であろう。華やかなホリディムードから取り残された三人が、雪の中、チェリー・ジュビリーにはしゃぐ瞬間は、年齢も、立場も越えて、いまを生きる同士だった。予期せぬ出会いが、今日の笑顔を引きだして、世界を輝かせる。これもほんとうだ。

 




原題・英題/The Holdovers  監督/アレクサンダー・ペイン  脚本/デヴィッド・ヘミングソン  出演/ポール・ジアマッティ、ダヴァイン・ジョイ・ランドルフ、ドミニク・セッサほか 配給:ビターズ・エンド ユニバーサル映画 製作年/2023 製作国/アメリカ

カラー133分 2024年6月21日(金)からTOHOシネマズ シャンテほか全国公開予定


 Seacia Pavao / (C) 2024 FOCUS FEATURES LLC


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