ほんとうの限界、嘘の可能性
- 6月9日
- 読了時間: 3分

『エレノアってグレイト。』より
94歳のエレノアは洗練された主人公だ。夜寝るときにはカーラーで丁寧に髪を巻き、マゼンダ色のスーツを着こなすおしゃれな彼女は物腰も都会的。いついかなる場所でも持ち前の社交性を存分に発揮し、快適な場をつくる。エレノアの周りには、何十年来の親友・ベッシー(彼女の急死で、エレノアはシングルマザーの娘と孫の暮らすニューヨークへ戻ることに)、たまたま参加したホロコースト生存者の会で知り合った大学生・リナ、リナの父親でジャーナリストのロジャーなど、いろいろな世代の人が集う。世代は違えど彼らは個々に、ロジャーいわく「悲しみのタブー」を抱えているのだが、エレノアの主張は「悲しいことは話さなきゃダメよ」。お気に入りのピクルスやストローが欲しければ、躊躇なく店員に伝える当たり前さで。
忙しさや曖昧な笑顔や沈黙でほんとうの気持ちを隠す登場人物たちのなかで、エレノアだけが軽やかに嘘をつく。ベッシーが運ばれた救急病院で、娘を侮辱した隣人に、孫のタクシーから降りるために。ベッシーから「あなたは面白い人よ。自分を偽る必要ない」と言われても「ほんとうの嘘じゃないわ。誰も傷つけない」と悪びれない。孫に嘘をついて向かったシナゴーグで、エレノアの悪気のない嘘がいよいよ暴かれるっ! という激しいテンションではなく、嘘だったという事実が明らかになっていく描写も好ましい。

その後の嘘の収め方もスマートだ。エレノアを取り巻く人々は彼女の嘘をどう受け容れるのか。リナたちを傷つける嘘をついてしまった理由にようやく気づいたエレノアは、持てあましていた悲しみを癒やすべく、また言葉を紡ぎはじめる。ベッシーもニナもそれぞれのタイミングだったように、悲しみがいつ過ぎていくのか、誰にもわからない。
印象的なシーンがあった。「94歳ってどんな感じ?」とニナに聞かれたエレノアが「16歳の頃と同じ。まったく変わらないわ」と即答するのだ。そのスピード感、あっけらかんとした様子から、彼女は78年前の自分なんて思いだしているはずはなく、そもそも「変わらないほんとうの私」なんて真っ赤な嘘だと思い至って、愉快な気持ちになった。なにより16歳より94歳の方がおもしろそうではないか! と感じられるところが本作のチャーム。16歳の体力はなくても、夜ふかしすれば寝坊してもいいし、どこで暮らしても、自分が飲みたいものを好きなように味わえるのだから。
ラストのエレノアの表情に「(本作が監督デビューの)スカーレット・ヨハンソンってグレイト!」と呟いたのは嘘ではない。

原題/Eleanor the Great 監督・プロデューサー/スカーレット・ヨハンソン 脚本/トリー・ケイメン 出演/ジューン・スキップ、エリン・ケリーマン、ジェシカ・ヘクト、リタ・ゾーハー、キウェテル・イジョフォーほか 製作年/2025 製作国/アメリカ/英語 ビスタカラー98分 配給:東映ビデオ 後援/ブリティッシュ・カウンシル 2026年6月12日(金)より新宿バルト9ほか全国順次公開
© 2025 ELEANOR INVISIBLE FILM, LLC AND TRISTAR PRODUCTIONS, INC. ALL RIGHTS RESERVED.

コメント