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私的名台詞#11「いまさらだけど……」


映画『冬薔薇


 口先だけの夢を語るばかりで、専門学校にも行かず、親のスネをかじり、友人や女から金をせびっては、だらだらと暮らしている、25歳の渡口淳(伊藤健太郎)。彼を筆頭に、それぞれに鬱屈を抱えながら生きる、ある港町の老若男女を活写した群像劇(撮影・笠松則通)。


 作中に「いまさら」というセリフの印象的な、3つのエピソードが出てくる。

 ひとつは、淳の実家が営む、ガット船の機関長・達雄(石橋蓮司)が、夜、いまや住み慣れた船上で、淳の父・義一(小林薫)と飲んでいたとき。ギャンブルで身を持ち崩し、家族を失くした過去を、泣いて悔やむ達雄を、義一は穏やかに慰める。

 ふたつ目は、仲良く帰宅した義一と妻の道子(余貴美子)が、出来の良い甥の貴史(坂東龍汰)が息子だったらなあ、などとのどかに話すうち、思わず自分たちの子育ての失敗を振り返ることとなり、夫婦喧嘩に至ったとき。やがて二人は、思い出したくない夫婦の哀しみに触れてしまう。


 そして、すれ違いざまにぶつかった、視覚障がい者から「謝れない人」となじられた淳が、白杖を渡す、今回の私的名台詞のシーン。

 女(和田光沙)と別れて、苛立っていた淳が、見知らぬ相手の言葉にふと立ち止まる。やがて、彼の置かれた状況に気づき、淳の体が自然と動く。そして言葉がこぼれる。

 昔のことなど笑い飛ばすしかない、貧しい年寄りや、忘れたふりでもしていないと、生きるのもしんどい哀しみを背負った中年夫婦に比べると、青年の「いまさらだけど……」と悪びれぬ表情や「……」の後に続く素朴な言葉には、ほのかな希望が灯って見えた。無論、人生がそんなに簡単ではないことも、その後の展開できっちりと描かれていくのだが、このシーンの直後に、タイトルの冬薔薇(寒さに耐えて、冬に咲く薔薇の種類)が登場する運びも、どこか意味深だ。


 ドラマチックな何かが起きるわけではないが、観終わったとき、たとえば半年後、冬薔薇の花を見るまでがんばってみようとか、塞いだ心に風穴を開けてくれるような、やさしい余韻の残る映画だ。




冬薔薇(ふゆそうび)』

脚本・監督/阪本順治 出演/伊藤健太郎、小林薫、余貴美子、眞木蔵人、永山絢斗、毎熊克哉、坂東龍汰、河合優実、佐久本宝、和田光沙、笠松伴助、伊武雅刀、石橋蓮司ほか

配給/キノフィルムズ  製作年/2022年 製作国/日本 カラー109分 新宿ピカデリーほか全国にて公開中(c)2022「冬薔薇」FILM PARTNERS


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