はじまりの夜

映画『銀河鉄道の夜』

 東京国立博物館で『銀河鉄道の夜』が野外上映される。そんなニュースを見つけたので、友人で同業者のKさんを誘って上野へでかけた。10月最初の土曜の夕方。秋晴れの気持ちのよい日だった。

 ますむらひろしが漫画化した「銀河鉄道の夜」。そのアニメ版であるこの作品が劇場公開されてから、今年でちょうど30年目だそうだ。 85年の公開時、中学生だった私は3つ年下の妹と母と3人でこの映画を劇場で観た。いまでもよく覚えているのは、映画が始まってたった数分、まだ登場人物が誰一人、現れてもいないうちから、隣に座っていた母が爆睡していたからだ。

「最初にスタッフの名前が出てくるところで、白い小さい丸がゆっくり点滅したでしょう。あれが悪い。あれを見てたら催眠術みたいに眠くなった」

 映画が終わり、私たちに揺り起こされるまで眠り続けた母は、劇場を出ながらそういった。

(そんな話を上映前にしていたので、Kさんは冒頭のスタッフロールでその白い「・」を見て、フフフと笑っていた。)

 開演より1時間以上前に着いたのに、並べられたパイプ椅子はすでにいっぱいで、中庭の池を囲む芝生にもたくさんの人たちが座っていた。敷地内には屋台が並び、ちょっとしたお祭りのようだ。私たちも食べ物を買い込み、池のほとりに腰をおろした。ゆっくりと照明が落ちるように日が暮れていく。

 スクリーンで見るのは30年ぶりだが、テレビ放送を録画したVHSや、その後発売されたDVDで、私はこの作品を何度も見返していて、いくつもの断片が自分のなかに入り込んでしまっている。

 たとえば廃業する活版印刷工場を訪ねて、ずっしりと重い活字入りの木箱を持ったとき、まず頭に浮かんだのはジョバンニが活版所で活字を拾うシーンだった。子どもの手にこの箱はさぞ重かったろう(しかも猫の手だ)。暗い夜道でチカチカと点滅する街灯の下を通り過ぎるとき、心細さと同時に不思議な高揚感がわきあがるのは、ジョバンニが銀河鉄道に乗るまえに夜道を走る場面を連想するからだ。

 そしてなにより、映画の最後に常田富士男さんが朗読する、『春と修羅』の序文。

  わたくしといふ現象は

  假定された有機交流電燈の

  ひとつの青い照明です

 初めて見たときにはあまりピンとこなかったこの言葉が、いまではしっくり心に馴染んでいる。ほんとうにわたしたちは「せはしくせはしく明滅しながら いかにもたしかにともりつづける ひとつの青い照明」だ。

 国立博物館の正面入口前に設置されたスクリーンは中庭の大きな池に映り、まるで画面がふたつあるようだった。劇中でジョバンニが見上げる空が水面に映ると、ふたつの星空がつながって一本のながい天の川になった。

 公開時、ということは30年前にテレビで見たメイキング特番で、「この星空の画は砕いたガラスをちりばめて撮ったのだ」という作り手のコメントを聞いた覚えがある。きちんと資料にあたっていないので、それが本当のことなのか、私が勝手につくりあげた記憶なのか定かではないが、それが本当でなくても、私にとってこの映画のなかの冴え冴えとした美しい星空は、砕けたガラスでできている。

 映像も、音楽も、語られる言葉もそれを語る声も、やっぱりひとつも古びていなかった。

 30年たっても、自分の好きな映画がこんな風に大きなスクリーンで見られること。そしてその作品がまったく古びていないこと。そのどちらもがほんとうに嬉しかった。それは私にとってほんとうの幸いだ。

 この夜の観客は4000人ほどだったそうだ。日本で一番大きい映画館だった歌舞伎町のミラノ座でも満席で1300人程度なので、これだけの大人数が一堂に会して同じ映画を見るのはとてもめずらしいことなのだと、主催のキノ・イグルーの有坂氏が上映前のあいさつで話していた。

 子どもや若者の姿も多かったので、初見の人も多かったかもしれない。

 4000人、それぞれのなかにどんな断片が残っただろう。

『銀河鉄道の夜』

原作/宮沢賢治

監督/杉井ギサブロー

脚本/別役実

出演/田中真弓、坂本千夏、堀絢子、金田龍之介、常田冨士男、納谷悟朗、一城みゆ希

音楽/細野晴臣

公開/1985年

107分

(c) 朝日新聞社、テレビ朝日、日本ヘラルド映画グループ

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