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本→音楽と映画#4<br>  3.11をめぐって

小説『彼女の人生は間違いじゃない』

 映画監督・廣木隆一の、初めての小説『彼女の人生は間違いじゃない』(河出書房新社)を読んだ。主人公のみゆきは、東日本大震災後も、地元・福島の仮設住宅で父親と暮らし、役所に勤める女性だ。彼女は時々、高速バスで東京へ行き、デリヘル嬢になる。目的はお金ではなく、「少し現実を忘れられる所」で「私を知らない誰かと。私も知らない私と。誰かを裏切ってみたかった。」から。震災で生き残ったことに、漠然とした負い目を抱えているのだろう。そんな彼女のこわばった心をほぐして、その人生を肯定してくれる、廣木監督らしい、やさしいお話だった。みゆきの、デリヘルで稼いだお金の使い方が、かわいらしい。ひよわでも、だらしなくても、監督の描き出す人間には、どこか憎めない人間味がある。

 福島出身の廣木監督は、震災から1年後に『RIVER』という映画を発表している。クランクイン直前に、東日本大震災に遭ったこの作品は、監督の強い意志によって脚本が書き直され、震災後の日本を映し出す作品に変更された。その後も、福島ロケを敢行した『海辺の町で』(13年*3月5~18日に新宿K’s cinemaの「13監督全15作品 シネマ☆インパクト再起動記念上映!!」イベントで上映予定)や、新宿・歌舞伎町のラブホテルを舞台にした群像劇『さよなら歌舞伎町』(14)では、震災に遭い、家族の生活費や学費を稼ぐAV女優(主人公の妹!)を登場させるなど、廣木監督らしい表現で、被災した人々の心に寄り添う作品を送り続けている。映画に登場する女の子たちの姿が、本作のみゆきと重なっていく。蓮佛美沙子にも、門脇麦にも、涌井明日香にも、イ・ウンウにも。

 今回ひっぱり出してきた、下記の原稿は震災から1年後に発売された『acteur 2012年3月号』(キネマ旬報社刊)に掲載したもの。奇しくも岩井俊二監督も、震災後初めて、日本を舞台に紡いだ物語(『花とアリス殺人事件』(15)の脚本は『花とアリス』(04)公開当時に書き上げられたものらしい)を、実写化した映画『リップヴァンウィンクルの花嫁』が3月26日から公開される(野田洋次郎も出演!)。もうじき巡ってくる3月11日を、今年はどんな気持ちで迎えるのだろうか。

『彼女の人生は間違いじゃない』

著者/廣木隆一

出版社/河出書房新社

発売日/2015.8.10.

1400円(税別)

『RIVER』と『friends after 3.11【劇場版】』

 3月11日が巡ってくる。東日本大震災後に芽生えた、国家や政治など巨大なシステムに対する疑念は、個人を主語にした思考を再構築する機会を生んだ。個人ひとりひとりがそれまで以上に強くならなくては! とがんばってもう一年か、まだ一年なのか……。まだ何も終わっていないが、確かに何かは始まっている。そうやって人生は続いていくのだろう。映画をはじめエンターテインメントを取り巻く環境にも、大きな変化を感じる。映画を観たり音楽を聴いたりしながら、強烈なメッセージを声高に掲げたものよりも、静かで柔らかな作品に、心が素直に反応している。まさにイソップ寓話の「北風と太陽」のような。今回は音楽的な側面も含め、太陽のような視点で、東日本大震災を扱った作品を紹介したい。

 ひとつは、福島県郡山市出身の廣木隆一監督の『RIVER』。秋葉原の無差別殺傷事件で恋人・健治を亡くして以来、時間が止まってしまったヒロイン・ひかりの人生が再び動き始める瞬間を捕らえた映画だ。恋人の好きだった秋葉原の街を歩き、どこからともなく流れ込み、どこへともなく流れ去ってゆく人の波の中で、彼女はいろいろな人と出会う。彼らとの微かな交流から、誰もが自分じゃない自分を探し、屈折を感じながらも今を必死で生きている現実を知り、ひかりは少しだけ自信を摑む。

 冒頭、秋葉原へ向かう電車の中では、白いイヤフォンで耳を塞ぎ縮こまっていたひかりだが、秋葉原の街に降り立った時には、イヤフォンを外し、耳を澄ましていた。やがて街中で歌う、路上ミュージシャン(Quinka,with a Yawn)の歌声に心を奪われて、立ち止まった彼女は、録音技師の夢を思い出す。ミュージシャンのキンカに「どこにいても思い出を取り出すことのできる、音は大切」と夢を語るひかり。ドキュメンタリー・タッチで紡がれたこのシーンは、大らかな愛をシンプルに歌い上げた楽曲「はるにれ」の持つ強度と心地よく重なり、少しずつ吹っ切れていくヒロインの表情にもつながっていく。

 秋葉原の街で、最後に出会った佑二の故郷が被災地だと聞いたひかりは、佑二の背中をそっと押し、再会を約束して別れる。佑二は故郷へ、ひかりは健治と一緒に乗る約束をした船へ……。映画の前半であてどなく秋葉原の街をさまよっていたひかりと、後半に被災地をひたすら歩き続ける佑二の姿。時代に流されていく街と、震災で一瞬にして全てを失った町のコントラスト。二つを結ぶことで、物理的な時間の流れと人間的なそれがズレていても、今を生きているという点で、私たちは同じであるという廣木監督の眼差しは優しい。「ありのままの現実を引き受けて、そこからまた歩いていこう、そういうふうに受け止められる映画にしよう」という監督の思いは、エンディングに流れる主題歌「MOON RIVER」に込められた希望と響き合う。

 もう一本は、岩井俊二監督の『friends after 3.11【劇場版】』。宮城県仙台市出身の岩井監督が、震災後に新しく知り合った友人や専門家たちと、震災当時とその後、日本の現在と未来について語り合う。さまざまな言葉で綴られたドキュメンタリーのオープニングとエンディングには、野田洋次郎の「ブレス」が起用されている。のびやかな野田の歌声は、観る者の心をほぐし、穏やかに包み込む。

 抜群の音楽センスを発揮する二人の監督が選んだ楽曲は、きわめて個人的で切実な人生の賛歌だ。それらは観客の張りつめた心を温め、映画に寄り添う音楽のような親密さで、観る者の人生を抱きしめて勇気づける。震災から一年、今の気分としっくり合っている。

今回紹介した曲

「はるにれ」Quinka,with a Yawn

「Moon River」meg

作詞/ジョニー・マーサ 作曲/ヘンリー・マンシーニ

「ブレス」

作詞・作曲/野田洋次郎

『RIVER』

監督・脚本/廣木隆一

脚本/吉川菜美

出演/蓮佛美沙子、小林ユウキチ、根岸季衣、菜葉菜、田口トモロヲほか

製作年/2011年 製作国/日本

日本公開/2012年

カラー89分

(c)2011ギャンビット

『friends after 3.11【劇場版】』

監督・出演/岩井俊二

出演/松田美由紀、小出博章、上杉隆、小林武史、藤波心ほか

製作年/2012年 製作国/日本

日本公開/2012年

カラー135分

(c)friends after 3.11【劇場版】製作委員会

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