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ひとりで踊る

土曜ドラマ「トットてれび」

 向田邦子が飛行機事故で逝ってしまった後、毎日入り浸っていた彼女のマンションの部屋を見上げるトットちゃん。喪服というには凝ったデザインの黒いジャケットとロングスカートに裾の長い白いブラウスを身につけた彼女は、思い出のつまった部屋にペコリと頭を下げると、踵をかえして歩き去る。そして懐かしい中華料理店の窓際の席を外からのぞきこみ、「向田さん、わたしね、面白いおばあさんになる!」と、いまはもう居ないその席の主に声をかけ、くるくると踊り出す。「寺内貫太郎一家」のテーマに乗って、くるりくるりとかろやかにまわるトットちゃんを中心にひらめく裾は、白と黒の鯨幕のようでもあり、ひとときだけほどかれた悲しみと喜びであざなわれた縄のようにも見えた。

 黒柳徹子の半生とテレビの歴史を重ねて描いた「トットてれび」は、一話30分×全7話という短さとは思えないほど濃密なドラマだった。トットちゃんを演じた満島ひかりを筆頭に、森繁久彌(吉田鋼太郎)、渥美清(中村獅童)、向田邦子(ミムラ)、沢村貞子(岸本加世子)ら時代を彩った人々を、現在の役者たちが敬意を持ちつつ、心底楽しそうに演じていたのも見ていて心地よかった。

 全7話のうち前半4話は、NHK専属女優として活躍したテレビ創生期からNYへの留学を経て「徹子の部屋」をスタートさせるまでを描いた「青春編」。どんな世界でも“若い季節”はキラキラしていて楽しそうに見えるものだが、テレビ草創期のドタバタを再現してみせた前半はお祭り騒ぎのようなにぎやかさだった。トットちゃんが身にまとう色とりどりの衣装や、Ego-Wrappinの中納良恵が歌う「買い物ブギ」を皮切りにした当時の名曲の数々もドラマを彩る。ちなみに音楽は別録ではなく、撮影現場で生演奏したという。毎回、ラストシーンでキャラクターたちが当時の名曲にあわせて歌い踊るシーンのお祭り感は、生演奏だからこそ生まれたものかもしれない。

 そして後半3話は向田邦子、渥美清、そして森繁久彌という親交の深い人々とのつながりを描いた「友情編」。白眉はやはり最終回の「知床旅情」だろう。「徹子の部屋」25周年記念のゲストに登場した晩年の森繁久彌が、まともにトークをせず徹子さんが堪忍袋の緒を切ったところで、一曲いいかい? と「知床旅情」を歌い始める。その放送を老人ホームのテレビで見ていた昔馴染みの中華料理屋の王さん(松重豊)が、重ねるように歌いだす。この松重豊の思い出を絞りだすような歌声がまた、震えるほどの素晴らしさだった。

 第2話で、トットちゃんが幼なじみの泰明ちゃんに教えてもらった「テレビジョン」という言葉が、入局後の講習で「テレ(遠く)」を「ビジョン(見る)」という意味だと知るエピソードがある。テレビは遠くの世界を見せてくれるもの、そして遠くの世界へ届くもの。「徹子の部屋」のスタジオから電波にのって王さんのもとへ届いた「知床旅情」。しかも、その場にいる老人たちの誰もがそれをそらで歌うことができる。この「知床慕情」大合唱の場面には、テレビジョンへの愛と感謝が詰まっていた。

 単に「昔は良かった」だけでなく、本作はちゃんと今のテレビにも目配せをしている。第4話のラストでニューヨークから帰国することを決めたトットちゃんが、チャップリンと「ニューヨーク・ニューヨーク」を歌い踊るシーン。チャップリン役に抜擢されたのは三浦大知。満島ひかりとはFolder時代の盟友だ。90年代にアイドルグループで肩を並べていた二人が、それぞれ別々の道を進み、それが再び交差する。そんな現実と虚構がまじりあって生まれる一瞬のきらめき。すぐに消えてしまうからこそ、目撃できたことを嬉しく思う。それこそがテレビの魅力なのだ。

 こんな風に、どの回もしみじみと良いドラマだったのだけれど、個人的に一番心に残ったのは第5話、ミムラ演じる向田邦子とのエピソードだ。「禍福はあざなえる縄のごとし」という言葉の意味を尋ねにきたトットちゃんと向田邦子のやりとり。「幸福の縄だけでよってあるってことはないんですか?」と聞くトットちゃんの目を見上げるようにして「ないの」と答える向田邦子。この、たった一言の台詞だけで、一瞬にして背後に向田邦子という女性の人生を浮かびあがらせたミムラの演技は、鳥肌が立つほど見事だった。

 そして冒頭に書いた、向田さんとの別れの後のラストシーン。ひとりでくるくると踊るトットちゃんの姿を見て思った。ああそうだ、女ってひとりで踊るものよね、と。それは猫が自分の気持を落ち着かせるために身体を舐めるのに似ているかもしれない。嬉しいときだけじゃなく、なにかに迷ったときや、困ったとき、ため息ばかりが出るとき。女というのは気持を落ち着かせるためにひとりで踊る。トットちゃんもニューヨークの部屋で踊っただろう。向田さんも、ときには迦哩迦やマミオを抱いて、くるくると踊ったに違いない。

 いつのまにかトットちゃんの手には白いスカーフがひらめいている。「徹子さんの縄は幸福ばっかりであざなってあるのかもしれない」という向田邦子の言葉が頭をかすめる。駄菓子屋から出てきた、徹子さん本人が演じる百歳のトットちゃんも、傘を手に持ってステップを踏む。雨が降ったらその傘をさして、雨があがったらまたそれをステッキがわりに踊ればいい。大勢の仲間に囲まれて踊るのも楽しいし、誰かの手をとって二人で踊るのも幸せだけれど、本当の本当に、いざというときはひとりで踊る。それができてこそ一人前の女なのよ、と言われているような気がした。

 本作の脚本は中園ミホ。唯一、この回だけは演出も津田温子という女性ディレクターが担当していた。この第5話は、女たちによる女たちのための回、だったような気がする。

 余談だがドラマ最終回放送の翌週、本家本元の「徹子の部屋」に、ドラマではパンダ役でナレーションを務めていた小泉今日子がゲスト出演した(なんと初登場だという!)。ベストテン時代のエピソードや家族のことを丁寧に語るキョンキョンと、それをうんうんと聞く徹子さん。“テレビジョン”の画面のなかで、それぞれ、ちゃんとひとりで踊ってきた女二人が楽しそうに会話していた。

土曜ドラマ「トットてれび」

NHK総合 毎週土曜日 夜8時15分~8時43分(連続7回)

原作/「トットチャンネル」「トットひとり」

作/中園ミホ

演出/井上剛、川上剛、津田温子

音楽/大友良英、Sachiko M、江藤直子

出演/満島ひかり(黒柳徹子)、中村獅童(渥美清)、錦戸亮(坂本九)、ミムラ(向田邦子)、濱田岳(伊集院ディレクター)、安田成美(黒柳朝)、松重豊(中華飯店の王さん)、岸本加世子(沢村貞子)、吉田鋼太郎(森繁久彌)、小泉今日子(語り)、黒柳徹子(百歳の徹子さん)他

『トットチャンネル』

著者/黒柳徹子

出版社/新潮文庫(新版)

発売日/2016年2月27日

『トットひとり』

著者/黒柳徹子

出版社/新潮社

発売日/2015年4月28日

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