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サンディエゴの青年に抱く、ふしぎな当事者感

映画『ヒップスター』

 ふしぎな肌ざわりの映画だ。原題は真逆の「I AM NOT A HIPSTER 」(“HIPSTER”とは、流行に敏感な人を指すスラング)。たしかに本作の主人公、ブルック・ハイド(ドミニク・ボガート)は、流行に関心はなさそうだ。ライブシーンから始まる本作は、ステージに立つブルックの背中越しから、興奮するオーディエンスの姿を捉える。ドラムの効いたクールなナンバー「DRY LAND」を歌い始めたブルックは、あろうことか、呑み過ぎを理由に、歌の途中でステージを下りてしまう。絶望と孤独を歌い、音楽の街サンディエゴでもファンが増えつつあった、ブルックがフロントマンを務めるバンド「CANINES」だったが、彼自身は歌うことを無意味と捉えていた。

 親身に世話を焼いてくれる友人クラーク(アルヴァロ・オーランド)を邪慳にし、初対面のDJや元カノにも毒づき、自らをひとりぼっちに追い込んでいく、やさぐれブルックのもとに、故郷オハイオから父親と3人の妹たちがやって来る。母の遺灰を撒くために。ブルックは否応なく、自分自身と対峙することになる。彼は、自分の音楽を生み出すために、インディミュージックの盛んなサンディエゴへやって来たわけではない。母の死を受けとめきれずに、逃げてきたのだ。狭い部屋で、3人の陽気な妹たちと親密な時間を共有する中で、ブルックは問題をすり替えている自分を認める。そしてまだ、自分の中に歌への情熱があることに気づく。

 彼が代理教師を務める学校で、妹や子どもたちの手拍子にのせて「BLACK BAY」を歌うブルックは、もう孤独ではない。妹たちの運転する車に引っ張ってもらって、自転車で帰宅するときの笑顔はキュートだ。やがてクラークとも、アーティストとしてきちんと向き合えるようになった主人公は、ラストシーンで再びステージに立つ。母の葬式で歌うはずだった「OUR TINY MOUTHS」は、彼の言葉通り、これまでにない、明るい楽曲だった。

「CANINES」の全曲を手がけたのは、ジョエル・P・ウェスト。本作の監督、脚本、プロデューサーを務めた、デスティン・ダニエル・クレットン監督のヒット作『ショート・ターム』(13)のサウンドトラックも手がけている(本作が、デスティン監督のデビュー作である)。本作のために「CANINES」を結成し、アルバムも発表した。ブルックを演じたドミニク・ボガードは、『レント』や『ジャージー・ボーイズ』などミュージカル経験の豊かな俳優だ。素晴らしい歌声は言わずもがな、今回はギターを猛特訓して、撮影に臨んだ。

ブルックの妹の一人、スプリング役を演じたローレン・コールマンは、カリフォルニアのシンガーソングライター(本作で映画デビューを果たした)。教室で、子どもたちと歌った「BLACK BAY」や、狭いベッドに兄妹4人がくっつき合いながら、ウクレレの弾き語りで美声を披露する。また、ブルックの元カノの今カレ、デニス/スペースフェイスのエレクトロポップなビートは、サンディエゴのJamuel Saxon(2014年に解散)によって生み出された。西海岸でリアルに聴かれているインディミュージックが、物語をジューシーに彩る。

 本作から感じる(『ショート・ターム』もそうだったが)ふしぎなみずみずしさは、本作に挑んだ監督の姿勢にも通じているらしい。プレスシートに「最終的にこういうストーリーになった唯一の理由は、私自身が失敗しても構わないと思っていたから。(中略)完璧でなくてもいい。完全な失敗だったとしても、それで構わない。だからとにかく新しいことをやってみて、どうなるか見てみようと。本作はそういうスタンスで撮影された作品です。(中略)みんなで心を自由にした結果です。せっかくだから、できるだけ多くのみなさんと、この映画体験をシェアできたら嬉しいです」とコメントを寄せている。

 自分自身を憎悪するブルックが、暗がりの中、東日本大震災の映像を見つめるシーンがある。震災の発生時に、防災無線で宮城県南三陸町民に避難を呼びかけ続けて、津波の犠牲になった日本人女性のニュースに、彼はショックを受ける。沖縄出身の日系3世の祖父母を持ち、日本への造詣も深いという監督にとって、3・11は何らかの影響を与えているのだろう。悲劇に直面してもなお、クリエイティブであろうともがく本作の主人公と重なり合う。そんなデリケートな感覚が、デスティン監督ならではのフレッシュな持ち味だと思う。物語を傍観するのではなく、体験として感じさせる、強いリアリティ。ふて腐れたブルックを、通りの向こうから心配そうに見守る、賢そうな犬の描写も含めて、見逃せないほどリアルだ。

『ヒップスター』

原題/I AM NOT A HIPSTER

監督、脚本、プロデューサー/デスティン・ダニエル・クレットン

音楽監修/ジョエル・P・ウェスト

出演/ドミニク・ボガート、アルヴァロ・オーランド、タミー・ミノフ、ローレン・コールマンほか

製作年/2011年 製作国/アメリカ カラー91分

配給/ピクチャーズデプト

2016年7月30日から、カリテ・ファンタスティック! シネマコレクション2016@新宿シネマカリテにて、プレミア公開を皮切りに、順次全国公開。

(c)2012 Uncle Freddy Productions LLC.

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