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私的名台詞#5<br>「私はきっとろくでもない大人になる」

夏休みドラマ「キッドナップ・ツアー」

 夏休みの初日に、小学五年生のハル(豊嶋花)は、別居中の父親(妻夫木聡)に誘拐される。だらしなくて、情けなくて、お金もない父とのひと夏の旅で、少女は、それまで知らなかった父親の姿を知る。

 冒頭のハルは、大それた誘拐を決行したことにはしゃぐ父親を、冷静に見据えていた(夏海光造のカメラが、夏の日差しの下、少女の心に沈んだ、諦めや緊張を美しく照らし出す)。角田光代の原作には「好き、とか、きらい、というのは、毎日会ってる人だから言えることなんだと気づいた。おとうさんのことが好きなのかきらいなのか、私は自分でわからなくなっていた」とある。大人でも子供でもない、端境の少女の眼差しが映し出す、大人の作った社会を、みずみずしく描いてきた演出家・岸善幸が、原作のこの部分を、鮮やかに掬い取ってみせる。別居する「とうの昔におとうさんのこと、好きでもきらいでもなくなっていた」少女は、ふざけた父親を目の当たりにして、忘れていた(忘れようとしていた?)感情を取り戻していく。

 自分勝手な父親への怒りをむき出しにして、見事に仕返しをしたとき、彼女は、父親を大好きな気持ちをすっかり思い出していたのだろう。原作と異なり、ハルは母親に電話をかけたりしない。もう寂しくないから。すぐに諦めてしまう父親の代わりに、長い時間をかけて火を起こし、情けない父親に「だいじょうぶだよ」と言ってあげられる自分を、前よりも好きになれたから。

 だから、父親から一方的に旅の終わりを告げられたとき、ハルは猛烈に怒ったのだ。お年玉の貯金を使って、旅を続けようという提案もすげなく却下されたハルは、全身全霊の感情を爆発させて、「私は、きっとろくでもない大人になる」と父親に毒づく(直前のシーンの、駅のホームで母親に抱かれた赤ちゃんに目を細めるハルの、ひと夏の成長が感じられる表情が一転して、幼くなる。いや、これが年相応なのだ)。カッコ悪い父親は、興奮する娘にどう答えるのか? 健気な女の子と対峙する未熟な大人を、妻夫木聡の誠実な演技が光らせる。

夏休みドラマ「キッドナップ・ツアー」

原作/角田光代

脚本・演出/岸善幸

撮影 夏海光造

出演 妻夫木聡、豊嶋花、木南晴夏、夏帆、新井浩文、ムロツヨシ、満島ひかり、八千草薫ほか

8月28日(日)午後4時40分からNHK総合にて再放送

『キッドナップ・ツアー』

著者/角田光代

出版社/新潮文庫

発売日/2003年7月1日

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