top of page

母としての覚悟、さらに


 2017年の映画館の思い出と言えば、『女神の見えざる手』だ。レディースディでもないのに、女性客がひしめく劇場。タフなヒロインの胸をすくような活躍を堪能して劇場を後にする彼女たちの、元気の湧く様子。強いヒロインの映画を観ていると、活力に満ちていくのが自分でもわかる。今回は2月から公開される、オススメの映画を紹介したい。3本のヒロインには、母親、しかも強い母! という共通点がある。

 まずは2月1日に封切られた『スリー・ビルボード』。アメリカ・ミズーリ州の片田舎の町で、娘を殺された母・ミルドレッド(フランシス・マクドーマンド)は、事件が解決しないことへの抗議を、町外れの巨大看板に掲示。名指しで非難された警察とミルドレッドの諍いは、住民をも巻き込み、日増しにエスカレートしていく。感情的なやり方に町中から敵視されるミルドレッドだが、ウィロビー署長(ウディ・ハレルソン)との人知れぬ交流から、ヒロインが半狂乱になっているのではないことがわかる。体調の優れぬウィロビー署長に対する優しさには、看板の手入れをしていたミルドレッドの前に、突如姿を現した鹿に向ける眼差しと同様の、温もりを感じた。フランシス・マクドーマンドの清潔感が、役の角を削り、格好よくする。最初は“この親にして……”と誤解した、クレイジーなディクソン巡査(サム・ロックウェル)の母の情深さも、ストーリーが進むにつれて濃くなっていく。ミルドレッドとの思わぬ展開も面白い。脚本の妙。

3月10日から公開される『北の桜守』では、太平洋戦争末期に、樺太から引き揚げ、女手一つで息子を育てた母・てつを、吉永小百合が熱演する。息子がいじめられている現場に遭遇すれば、慰めるのではなく「泣いてる場合じゃない!」と息子をけしかける肝っ玉かあちゃん、もとい一所懸命子供を育てる“日本の母”だが、時々発揮するおとぼけがチャーミング(時代が変わっても、人の本質は変わらないということか)。15年ぶりに再会した息子(堺雅人)との旅の途中、駅のホームで駄々をこねたり、息子相手にほろ酔い加減で思い出話を語る場面など、かわいすぎる。作中で描かれてゆく、38歳から約30年にわたるヒロインの人生には、仕事仲間(佐藤浩市)とのひそかなロマンスあり、吉永にとっては初挑戦となる劇中劇もあり、古希を過ぎているとはちょっと信じがたい、吉永のエネルギーが、見事に放出されている。

 4月14日には、トルコにルーツを持つ、ドイツのファティ・アキン監督の意欲作『女は二度決断する』が公開。ドイツ・ハンブルクで起きた人種差別テロで、トルコ移民の夫と息子を亡くしたヒロイン・カティア(ダイアン・クルーガー)。傷心の彼女に、人種や前科をあげつらって、さらに追い打ちをかけるような捜査、裁判が続く……。絶望から、カティアはどのように立ち上がり、どんな決断をくだすのか? 一般的に、未練がましい男に比べて、女は決断したらためらわないなどと言われるが、カティアが二度目の決断に至ったきっかけは、極めて女性的な、肉体的な感覚によるものだった。ダイアン・クルーガーのデリケートな表現は、ヒロインの女らしさを力強く肯定する。冒頭の結婚式でのパンクな花嫁姿や、タトゥだらけの無防備な裸体でのろけるガーリーな笑顔から、ラストの、カメラを正面から見据える、透徹した眼差しとのギャップがロマンチックだ。

 事件、戦争、事故で、それぞれのヒロインの家族は壊されてしまう。その原因を、彼女たちは自分の中に見つけて、自分自身を責める。しかし映画は、そこで終わらない。家族を失くした後の彼女たちの生活の細部に、家族への命がけの愛がふと顔を出すのだ。社会的にも肉体的にも決して強くはない彼女たちが、子供という、自分よりか弱き者を守り抜く、母としての覚悟に舌をまく。さらに、清潔で、エネルギッシュで、女らしい、それぞれの女優の持ち味をいかした、ヒロインたちのディテールに、ひきこまれていく。

『スリー・ビルボード』

原題/ Three Billboards OutsideEbbing,Missouri

監督・脚本・製作/マーティン・マクドナー

製作/グレアム・ブロードベント

音楽/カーター・バーウェル

出演/フランシス・マクドーマンド、ウディ・ハレルソン、サム・ロックウェルほか

配給/20世紀フォックス映画

製作年/2017年 製作国/イギリス・アメリカ

カラー116分

2018年2月1日(木)から、TOHOシネマズ シャンテほか全国公開 

©2017 Twentieth Century Fox.

『北の桜守』

監督/滝田洋二郎

脚本/那須真知子

舞台演出/ケラリーノ・サンドロヴィッチ

音楽/小椋佳、星勝、海田庄吾

出演/吉永小百合、堺雅人、篠原涼子ほか

配給/東映

製作年/2017年 製作国/日本 カラー126分

2018年3月10日(土)から全国公開

©2018「北の桜守」製作委員会

『女は二度決断する』

原題/IN THE FADE

監督・脚本/ファティ・アキン

音楽/ジョシュ・オム

出演/ダイアン・クルーガー、デニス・モシット、ウルリッヒ・トゥクールほか

配給/ビターズ・エンド

製作年/2017年 製作国/ドイツ カラー106分

2018年4月14日(土)から、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国公開

©2017 bombero international GmbH & Co. KG, Macassar Productions,Pathe Production,corazon international GmbH & Co. KG,Warner Bros.Entertainment GmbH

bottom of page