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私的名台詞#9<br>「彼らが最初に共産主義を迫害した時……」

映画『きらきら眼鏡』

 高校時代の彼女の死を引きずったまま、日々をやり過ごしていた明海(金井浩人)の前に、突然現れた年上の女・あかね(池脇千鶴)。なんの変哲もない夏空に感嘆の声をあげ、事務員として働く産業廃棄物処理場に集められたゴミを人が生きている証だという風変わりな彼女は、笑顔の秘密を、こう明海に明かした。

「私ね、きらきら眼鏡、かけることにしてるんです。見たものぜんぶ輝かせる眼鏡」。

 ゆるやかな交流が続いていく中で、明海は、余命宣告を受けた、あかねの恋人・裕二(安藤政信)の存在を知る。明るく振る舞うあかねを、裕二は「感動の天才」と評するが、明海は「ほんとうは今、きらきら眼鏡をかけてないと、壊れちゃいそうなんじゃないか」と心配する。

 刻一刻と死に向かっていく恋人と、心が死んだままの青年との、危うい三角関係のバランスを、池脇千鶴がしなやかに図る。前述のファンタジックなセリフが切実に聞こえるのは、池脇の地に足の着いた演技力によるものだ(セリフの発声にも工夫が感じられる)。恋人の看護のために、産廃処理場に転職したという設定も、ヒロインの重心を低くする。そんな彼女の覚悟を汲み取る明海の職業が、駅員というところも面白い。二人とも、漠然と巨大な社会と対峙するという、個人にとってはやや持ち重りのする、しんどい仕事に就いている。毎日、同じ落とし物について駅員に訊ねる茅野(山本浩司)にやさしく対応する余裕のない明海たちは、職場の先輩の言葉を借りれば、心にシャッターを降ろすことに慣れてしまった。そうしないと、仕事が回ってゆかないのだろう。

 しかしあかねとの出会いで、明海の心は息を吹き返す。やがて疲弊した職場で彼は、ナチス時代のドイツでルター派の牧師だったマルティン・ニーメラーの詩を唱える。ヒトラー登場当初はナチスを支持していたニーメラーは、後にナチスの教会に対する国家管理に抵抗し、終戦までホロコースト強制収容所に収容された。「彼らが最初に共産主義を迫害した時」から始まる詩は、ナチスの弾圧に沈黙を守り、抗議の声をあげなかった自身の罪を認めることで、物事に対する他人事感覚や無関心がどのような恐ろしい結果を招くのかを簡潔に説く。シンプルな牧師の言葉を、息を吐くように淡々と口にする金井の声は、聞き手(観客)にいろいろな意味を考えさせる。新人とは思えぬ冷静な芝居と、新人らしいむき出しの迫力のアンバランスさに見惚れた。

 金井の声の魅力は、あかねとのラストシーンでも発揮される。「いま、きらきら眼鏡かけてます? あかねさん」と聞く金井の声に応える池脇の表情もまた、観客それぞれに受け取り方の違う、豊かさに満ちていた。

『きらきら眼鏡』

監督/犬童一利 脚本/守口悠介

原作/森沢明夫「きらきら眼鏡」(双葉文庫)

出演/金井浩人、池脇千鶴、安藤政信ほか

配給/S・D・P 製作年/2018年 製作国/日本

カラー121分

9月7日(金)TOHOシネマズららぽーと船橋にて先行上映、9月15日(土)有楽町スバル座ほか全国順次公開

©森沢明夫/双葉文庫 ©2018「きらきら眼鏡」製作委員会

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