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鈴木家の食卓


映画『鈴木家の嘘』  ある日の昼下がり、ひきこもっていた鈴木家の長男・浩一(加瀬亮)が自殺する。昼食をととのえて、息子の部屋へ呼びに行った母・悠子(原日出子)が発見するが、怪我をして病院に運ばれてから、なかなか意識が戻らない。やがて浩一の四十九日が過ぎた頃、長い眠りから目覚めた母は、兄の死を覚えていなかった。病院のベッドで兄を心配する母に「お兄ちゃんはアルゼンチンで、おじさん(大森南朋)の仕事の手伝いをしている」と、とっさに嘘をつく長女・富美(木竜 麻生)と父・幸男(岸部一徳)。息子の回復を信じて喜ぶ母の笑顔を守るべく、父娘を中心に、おじさんやおばさん(岸本加世子)も巻き込んでの、鈴木家のドタバタ劇が軽快に描かれる。

 退院して家に帰った悠子は、アルゼンチンの浩一に、好物のオムレツを送ってやろうと台所に立つ。 母のため、という大義名分を掲げて、家族が力を合わせて(というか、かなりの緊張を要する力業)嘘をつき通すことで、なんとか日常を保っていたものの、当然のことながら、気持ちの整理がうまくつかずにいた富美の悲しみは、 自死で家族を亡くした遺族たちが語り合う会で破裂する。

 兄が死んだ日の夜、ひと気のしない真っ暗な家に帰宅した富美は、腐ったオムレツの異臭を嗅いだと泣いた。あの日も母は、どうにか浩一を部屋の外へ引っ張り出そうと、息子の好きな、オタフクソースがたっぷりかかったオムレツを作ったのだった……。「あたしはお兄ちゃんのこと許さない。全部忘れてやる」と号泣した、強い言葉とはうらはらに、妹の鼻には、すえたあの匂いがこびりついているのだろう、ずっと兄のことを忘れられないように。気丈にふるまっていた分、消化できない彼女の苦しみに気づくと、胸が疼いた。  死んでしまった浩一の気配が、家じゅうに染みついているように、匂いの残る映画である。吹き消す人がいなくて、燃え切ったバースデーケーキのロウソク、鈴木家の近くの土手のヨモギ、米山さんの漬けたキュウリ……生きていたひとのいろんな匂いが、映画の中を漂っている。兄の部屋で朝を迎える富美が、一足先に起きた両親と食べるであろう、簡単な朝ごはんがとてもおいしそうに思えて、安心した。オムレツはまだ食べられなくても、ちゃんと朝食を摂り、明るく旅に出た鈴木家の人たちは、きっともう大丈夫だと思う。

『鈴木家の嘘』 監督・脚本/野尻克己 出演/岸部一徳、原日出子、木竜麻生、加瀬亮ほか 音楽/明星 配給/松竹ブロードキャスティング/ビターズエンド 製作年/2018年製作国/日本 カラー133分 11月16日より新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座ほか 全国公開 www.suzukikenouso.com

©松竹ブロードキャスティング


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