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枠から飛び出たヒロインにワクワク


 タイトルや、主人公が一人暮らしの老女という設定からは想像もつかない、エッジの効いた映画だ。

 映画の冒頭、ロシアの田舎町に暮らす73歳のエレーナは「心臓病で、いつ死んでもおかしくない」と余命宣告を受ける。都会に暮らす一人息子の“お荷物”にならないようにと、すべからく彼女は自分のお葬式の準備を始める。  それまでの静かな生活が一転、戸籍登録所や遺体安置所にいそいそと出向いては、元教師然とした態度で、手際よく準備を整えていく老女は、いきいきとして、実に楽しそうだ(赤い棺を運ぶエレーナとバスで出くわした少女たちの興奮ぶりを見よ!)。気の置けない女友だちと、通夜ぶるまいのご馳走を作って、いよいよあの世へ! ……というところで、再び物語は転調。作中に登場する「解凍した鯉」のように、息を吹き返した母と息子の、穏やかなひと時が描かれていく。  母子の長い時間の中で、先回りしては息子を守ろうとしてきた母親の愛情を、成長を受け入れてもらえないと、息子が重く感じたこともあっただろう。逆もまた然り。親子と言えども、それぞれの人生を生きる、別の人間なのだから、噛み合わないのは仕方がない。そんな風通しのよさが全篇に貫かれているのは、エレーナが、老いの淋しさという既成概念からはみ出した、年金暮らしのいまも、昔と変わらず「何でも独りでやる女」であるところが大きいと思う。ゴキブリの詩の思い出に一緒に笑い、母の手料理をゆっくりと味わう間が、この母子に残されていたことは奇跡だ。朝焼けの湖と共に忘れられない、美しいシーンである。

『私のちいさなお葬式』 原題/Карп отмороженный 英題/ Thawed Carp  監督/ウラジーミル・コット 原作/アンドレイ・タラトゥーヒン 脚本/ドミトリー・ランチヒン プロデューサー/ニキータ・ウラジーミロフ 音楽/ルスラン・ムラトフ 出演/マリーナ・ネヨーロワ、アリーサ・フレインドリフ、エヴゲーニー・ミローノフほか 

配給/エスパース・サロウ 製作年/2017年 製作国/ロシア アメリカンビスタ カラー100分 2019年12月6日(金)から、シネスイッチ銀座ほか全国順次公開

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