top of page

スズキの目

木曜時代劇「ちかえもん」

 松尾スズキといえば少女Aである。

 彼の初エッセイ集「大人失格」のなかに、高校生男子が口々に「少女A!」「少女A!」とわめいている姿を見かけた松尾スズキが演劇の未来を憂えるくだりがあり、読んで思わず声を出して笑ってしまった。これは陳腐な言い回しではなくて、本当に。かれこれ20年前の話だが、以来、私のなかで松尾スズキといえば少女Aなのである。

 くだんの高校生たちが恐れおののいていた「少女A」の正体や、さらに「ルミネとアルタは違うかな」に代表される名言も満載の「大人失格」は、松尾スズキの世界を見る目をそのまま本にしたような本だ。あの小さな目でチラリ、キラリ、ギラリと世界へ向けられた目線が、世の中で考えなしに“普通”とされていることへの違和感にひっかかり、そこで生まれる歪みがひねった文章で綴られた結果、声に出して笑いたいエッセイ集になった。

 そんな松尾スズキが近松門左衛門役で主演を務めるNHKの木曜時代劇「ちかえもん」。スランプ中の近松が「曽根崎心中」を完成させるまでの紆余曲折が独自の解釈で描かれるというふれこみで、脚本は朝ドラ「ちりとてちん」で落語をうまく物語に取り入れた藤本有紀のオリジナル。相棒役には同じく「ちりとてちん」の草々兄さんこと青木崇高とくれば、楽しみも楽しみ、今期のドラマで一番の楽しみにして臨んだのだが、これが滅法おもしろい。

 冒頭、竹林を手に手を取って逃げるお初(早見あかり)、徳兵衛(小池徹平)。そこから場面は人形浄瑠璃の舞台へ飛び、客席の隅からそれを感慨深げに眺める近松の姿。朗々と義太夫を謡う竹本義太夫(北村有起哉)と目と目を合わせ、「ここまで長い道のりやったで」「大当たりや。傑作浄瑠璃・曽根崎心中の誕生や」「義太夫さん、長らくまたせてすまなんだ」「なんの、おつりがくるわい」と心の声で語り合う二人。個性派役者二人の達者な顔芝居と節回しに、一気に物語世界にもっていかれた。そして時は半年前に遡る。新作が散々な評判で落ち込む近松の前に、突然現れた不孝糖売りの万吉(青木崇高)。お上から親孝行が奨励され、“孝行糖”などという飴までが大流行している太平の世をからかうように、派手ないでたちで“舐めれば親不孝したくなる不孝糖”を売り歩く万吉は、ひょいと近松の懐に入り込む。気づけば「ちかえもん」なる愛称で呼ばれてまんざらでもない近松は万吉が起こす騒ぎになんだかんだと巻き込まれ、そのなかで創作のネタを拾っていくという筋立てだ。

 クセのある人物役の多い松尾スズキが気弱でヘタレな近松を愛嬌たっぷりに演じ、一方の青木崇高も、「黙っていると怒っていると思われる」強面を封印するかのように表情豊かでどこかトボけた万吉を体全体で好演している。曇りのない目で世の中の“当たり前”に疑問を呈す万吉の、その世界を見る素直な視線が、近松の目を開かせ、新しい物語が生まれていく。

 脇の面々も揃って魅力的だ。わけあり遊女・お初の同僚、年増遊女・お袖(優香)は歳相応のしたたかさと持ち前の可愛らしさが絶妙にまざりあってはまり役。さらに「うちで一番の美形は誰やろな」と尋ねる旦那へふりむきざまに「あてや」と応える遊郭の女将・お玉(高岡早紀)の婀娜っぽさにもゾクゾクする。あほぼん・徳兵衛を演じる小池徹平も、密かに心に抱えた屈託を小柄な童顔の裏にうまく滲ませている。

 討ち入り前の赤穂浪士の気持ちを大店のあほぼんの心情に重ねてうまく話をまとめつつ、近松が物語を見つける瞬間のわくわく感も見せるなど、シンプルなエピソードに何層もの感情を重ねる脚本が見事。ちなみに「ちかえもん」は「ちか(まつもんざ)えもん」の略称で、万吉がややこしいと縮めた呼び名だが、そこにも「井原西鶴は西鶴、松尾芭蕉は芭蕉って親しげに名で呼ぶくせして、なんでわしだけ近松って苗字で呼ぶんでっか!」と妙なところで拗ねる近松の人となりをうまく伝える前段が用意されている。

 戯作者の近松を劇作家の松尾が演じているのも、物語に不思議な味わいを加えている。書けない愚痴も評判への弱音も物語を思いついたときの弾むような喜びも、それが近松の台詞なのか松尾の本音なのか、はたまた脚本家・藤本の心の声なのか、見ているとすべてが渾然一体としてくるのだ。

 チープな劇中劇や岡江真一郎による線画アニメ―ションを取り入れたり、近松に70年代フォークソングの替え歌を歌わせるなど外連味たっぷりの演出が、それ以上に外連にあふれて活きのいい藤本有紀の脚本をさらにひきたてる。その“外連”が“ふざけ”にならないのは、遊び心満載の脚本の裏にきちんと人の心の揺れ動きが描かれているから。また衣装やセット、照明などのクオリティの高さが時代劇としての背骨をしっかり支えているからだろう。木曜時代劇の枠は本作をもって終了するそうだが、作り手の本気が伝わってくるのはそのことと無縁ではないだろう。

 全8回の物語は現在、ちょうど折り返したところ。お初の狙いも薄々見えてきて、話は大きく動き出しそうな塩梅だ。

 それはさておき、トレードマークの髭がないせいか、月代でおでこがすっきりしているせいか、目をむく顔芝居が多いせいか、本作で初めて松尾スズキの目をちゃんと見たような気がする。そしてその目は思いのほか、可愛らしいのだった。この物語が大団円を迎える頃には、私の中で松尾スズキといえばちかえもん、になっているかもしれない。

木曜時代劇「ちかえもん」

NHK総合 毎週木曜日 夜8時00分~8時43分(連続8回)

作/藤本有紀

演出/梶原登城、川野秀昭

音楽/宮川彬良

出演/青木崇高、優香、小池徹平、早見あかり、山崎銀之丞、徳井優、佐川満男、北村有起哉、高岡早紀、岸部一徳、富司純子、松尾スズキ 他

bottom of page