

2020年映画ベストテン+3
石村加奈のベスト10+3 ©2020「海辺の映画館-キネマの玉手箱」製作委員会/PSC 1海辺の映画館ーキネマの玉手箱 2パラサイト 半地下の家族 3はちどり 4ソウルフル・ワールド 5おらおらでひとりいぐも 6国葬 7ストーリー・オブ・マイライフ・わたしの若草物語 8佐々木、イン、マイマイン 9行き止まりの街に生まれて 10ジオラマボーイ・パノラマガール 緊急事態措置の前と後で、映画を取り巻く環境がすっかり変わってしまった一年だった。『パラサイト 半地下の家族 』を観たのなんて、ずいぶん昔のことのように思えるが、社会とリンクした作品の強度は、いま観ても健在。改めて素晴らしい映画だと思う。『海辺の映画館ーキネマの玉手箱』を遺して、大林宣彦監督が亡くなられたショックは、いまなお大きい。過去作を見返しながら、大林監督ならば、いまの世界をどのように感じ、どう表現するのか、とても知りたいと思った。少女をとりまくちいさな社会の、幅広い世代の登場人物たちの心の機微を描きだした『はちどり』は、観る世代によって違う感想を抱くのだろうなと、そんな懐の深さを感じた。

「あのね」でつながる物語
公式ホームページより ドラマ「anone」 坂元裕二の新作ドラマのタイトルが『anone』だと知って、真っ先に思い浮かべたのは『一年一組せんせいあのね』という本のことだった。1981年に出版されたこの本は、小学1年生の子どもたちが「あのねちょう」という名前のノートに書いた文章をまとめた作品集だ。「あのねちょう」は彼らの担任の鹿島和夫先生が始めた取り組みで、毎日、日記を書きなさいといっても何を書けばいいか迷って結局書けない子どもたちに、「せんせい、あのね」という書き出しでその日の出来事や思ったことをなんでもいいから書いておいでといったら、活き活きとした文章が綴られるようになったという。たとえば、こんな風だ。 「おおみそか」 十二月三十一日土よう日 あしたから らいねんです きょうはきょねんになります 「せいるすまん」 せいるすまんがきた 「あかちゃんがびょうきですから かえってください」と おかあさんがゆうた 「ほんならおだいじに」と かえっていった うちはあかちゃんなんかおれへんのに 「おつきさま」 おつきさまは あんなにちいさいのに せかいじゅ


2016映画ベスト10+3
2016年公開の映画ベスト10+その他印象に残った作品3本をピックアップ。 岩根彰子の10+3 © 2016「団地」製作委員会 1 『団地』 2 『シング・ストリート 未来へのうた』 3 『ディストラクション・ベイビーズ』 4 『この世界の片隅に』 5 『シン・ゴジラ』 6 『二重生活』 7 『永い言い訳』 8 『アスファルト』 9 『ルーム』 10 『ローグ・ワン』 昨年に引き続き、浮き足立ってしまうほど邦画が豊作だった2016年。監督・阪本順治、主演・藤山直美と岸部一徳、そしてタイトルという事前情報から予想していた物語とはまったく別方向へドライブしていく『団地』には、気持よく一本取られた気分だった。あのラストカットに心を揺さぶられた感覚は、きっと生涯忘れられない。ちなみに年明け1月7日(土)~1月13日(金)まで渋谷アップリンク【見逃した映画特集2016】で再上映が決定。また1月6日(金)にはブルーレイ&DVDも発売されるので、見逃した方はぜひとも。 主人公が同い年ということもあって、思い入れが深くならざるをえない『シング・ストリート 未来へ

私的名台詞#5<br>「私はきっとろくでもない大人になる」
夏休みドラマ「キッドナップ・ツアー」 NHK公式ホームページより 夏休みの初日に、小学五年生のハル(豊嶋花)は、別居中の父親(妻夫木聡)に誘拐される。だらしなくて、情けなくて、お金もない父とのひと夏の旅で、少女は、それまで知らなかった父親の姿を知る。 冒頭のハルは、大それた誘拐を決行したことにはしゃぐ父親を、冷静に見据えていた(夏海光造のカメラが、夏の日差しの下、少女の心に沈んだ、諦めや緊張を美しく照らし出す)。角田光代の原作には「好き、とか、きらい、というのは、毎日会ってる人だから言えることなんだと気づいた。おとうさんのことが好きなのかきらいなのか、私は自分でわからなくなっていた」とある。大人でも子供でもない、端境の少女の眼差しが映し出す、大人の作った社会を、みずみずしく描いてきた演出家・岸善幸が、原作のこの部分を、鮮やかに掬い取ってみせる。別居する「とうの昔におとうさんのこと、好きでもきらいでもなくなっていた」少女は、ふざけた父親を目の当たりにして、忘れていた(忘れようとしていた?)感情を取り戻していく。 自分勝手な父親への怒りをむき出しにし

ひとりで踊る
土曜ドラマ「トットてれび」 NHK公式ホームページより 向田邦子が飛行機事故で逝ってしまった後、毎日入り浸っていた彼女のマンションの部屋を見上げるトットちゃん。喪服というには凝ったデザインの黒いジャケットとロングスカートに裾の長い白いブラウスを身につけた彼女は、思い出のつまった部屋にペコリと頭を下げると、踵をかえして歩き去る。そして懐かしい中華料理店の窓際の席を外からのぞきこみ、「向田さん、わたしね、面白いおばあさんになる!」と、いまはもう居ないその席の主に声をかけ、くるくると踊り出す。「寺内貫太郎一家」のテーマに乗って、くるりくるりとかろやかにまわるトットちゃんを中心にひらめく裾は、白と黒の鯨幕のようでもあり、ひとときだけほどかれた悲しみと喜びであざなわれた縄のようにも見えた。 黒柳徹子の半生とテレビの歴史を重ねて描いた「トットてれび」は、一話30分×全7話という短さとは思えないほど濃密なドラマだった。トットちゃんを演じた満島ひかりを筆頭に、森繁久彌(吉田鋼太郎)、渥美清(中村獅童)、向田邦子(ミムラ)、沢村貞子(岸本加世子)ら時代を彩った人々


いつかこの部屋を思い出してきっと泣いてしまう
ドラマ「いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう」 本当は互いに思いあっているのに、精神的に危うい恋人を見捨てられないと正直に頭を下げる錬(高良健吾)と、それをきちんと受け止める音(有村架純)。そして後半では立場が逆転し、荒んでいた自分を救ってくれた音にまっすぐ思いを向ける錬。しかし音は自分には婚約者がいると告げ、その相手のどこに惹かれたかを静かに話す。それを聞いた錬は自分の気持ちを飲み込み、半分は本心で「好きな人ができてよかった」と応える。なんて凛とした二人だろうか。いやいや恋愛ってもっとぐずぐずと割り切れないものだろう、とも思うが、そういうドラマは数多あるので、たまにはこういう端正で美しいやせがまんを見せてもらうと本当に嬉しい。 「いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう」は、とてもまっとうな恋愛ドラマだ。下手な恋愛ドラマは物語の中心点を「恋」に置くことと、物語のすべてを「恋」中心に描くことを混同しがちだが、本作で描かれる「恋」は、登場人物たちの人生とちゃんと地続きになっている。 8話の冒頭で、音に元恋敵の木穂子(高畑充希)が「恋愛は衣食

スズキの目
木曜時代劇「ちかえもん」 松尾スズキといえば少女Aである。 彼の初エッセイ集「大人失格」のなかに、高校生男子が口々に「少女A!」「少女A!」とわめいている姿を見かけた松尾スズキが演劇の未来を憂えるくだりがあり、読んで思わず声を出して笑ってしまった。これは陳腐な言い回しではなくて、本当に。かれこれ20年前の話だが、以来、私のなかで松尾スズキといえば少女Aなのである。 くだんの高校生たちが恐れおののいていた「少女A」の正体や、さらに「ルミネとアルタは違うかな」に代表される名言も満載の「大人失格」は、松尾スズキの世界を見る目をそのまま本にしたような本だ。あの小さな目でチラリ、キラリ、ギラリと世界へ向けられた目線が、世の中で考えなしに“普通”とされていることへの違和感にひっかかり、そこで生まれる歪みがひねった文章で綴られた結果、声に出して笑いたいエッセイ集になった。 そんな松尾スズキが近松門左衛門役で主演を務めるNHKの木曜時代劇「ちかえもん」。スランプ中の近松が「曽根崎心中」を完成させるまでの紆余曲折が独自の解釈で描かれるというふれこみで、脚本は朝ドラ


俳優 安田顕
ドラマ「ミエルヒ」 “昏い”という言葉が好きだ。 特に人物を言い表すとき、“暗い”でもなく“陰気”とも違う。日が暮れて世界が淡々と色を無くしていくときのような、そんな雰囲気を持つ人を“昏い”と呼びたい。 5年前、HTBスペシャルドラマ「ミエルヒ」を見て、まっさきに頭に浮かんだのがこの言葉だった。報道カメラマンとして世界各地の戦場を駆けまわっていたが、ある事情から仕事を辞め10年ぶりに北海道・江別町の実家へ戻ってきた剛(安田顕)。石狩川でヤツメウナギ漁を細々と続ける父・幸介(泉谷しげる)は、自分を嫌って町を出て行き、音信不通だった息子が突然帰ってきたことに戸惑いを隠さない。過疎の町には仕事も少なく、地元に残った同級生たちからは厳しい言葉を投げかけられる。それでも行くところがなく、ここに帰ってくるしかなかった。そんな行き場のない男のぼんやりとした“昏さ”を、安田顕は見事に体現していた。 北海道テレビが96年からほぼ毎年、制作しているHTBスペシャルドラマ。本作とその前後2作はプロデューサー・嬉野雅道、演出・藤村忠寿という「水曜どうでしょう」スタッフが


たこ八つ〜井伏鱒二「画本 厄除け詩集」から『俳優 亀岡拓次』まで
元旦の朝、年末にSさんから贈られた、井伏鱒二の「画本 厄除け詩集」(12)を朗読した。厄除けや風邪よけのまじないとして、詩を書いたという井伏の詩は、煩わしさなどを笑い飛ばしてしまうドライさに溢れ、見開きを目一杯に使った金井田英津子の画の、濃やかで渋みのあるタッチもカッコいい。昭和12年から、再刊ごとに詩を増やしていった「厄除け詩集」に、「訳詩」「拾遺抄」を加えた30編の中で、特に心に響いたのは「逸題」。声に出したとき「春さん蛸のぶつ切りをくれえ」のくだりが、なんともユーモラスに感じたのだ。続く「ああ 蛸のぶつ切りは臍みたいだ」のそこはかとない色っぽさ。おせち料理にも欠かせぬタコは、多幸(たこ)から幸せを呼ぶという願いが込められた、縁起のよい食べものである。……というわけで今回は、タコにちなんだ作品をいくつか紹介したい。 タコといえば、まず外せないのは田辺聖子の小説だ。田辺氏の半生をモチーフに、藤山直美がヒロインを務めたNHK朝の連続テレビ小説「芋たこなんきん」(06)。ひょうきんなタイトルは「とかく女の好むもの 芝居 浄瑠璃 芋蛸南瓜」という井原