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私的名台詞#10 自分を助ける最良の人は、自分よ

映画「マダム・イン・ニューヨーク」から


 8月に入って、調子が悪い。

 仕事では、まともに取り合ってもらえない状況が続いて鬱々とし、いや、そもそもそんなたいそうな者でもなし、と思い直しては、どんよりしている。

 住み始めて15年になる家は、あちこちガタがきはじめて、ネットで修繕費を調べては途方に暮れ、あっちに補修テープを貼っては、こっちは布で隠して、と素人的応急処置でお茶を濁しては、なるべく刺激を与えないように、そうっと、静かに暮らしている。改めてこう書き並べると、そりゃ調子も出ないわな、とも思うけれども、それにしたって、盛大にお湯を吹きこぼしたり、コーヒーの豆かすをひっくり返したり、自分を呪いたくなるような出来事が続いている。

 2日前、仕事がひと山超えた昼下がりに「マダム・イン・ニューヨーク」を観ていた。インターバルにお茶を取りに台所へ行くと、冷蔵庫の中が真っ暗である。あれれ、ヒューズが飛んだのか? と確認するも、そうではないらしい。電源プラグを抜き差ししても、うんともすんともいわない。ネットで「冷蔵庫 真っ暗」で検索すると、庫内の電球が切れたんじゃないか説が浮上。そう信じたい気持ちは山々だったが、この冷蔵庫はかれこれ20年使っている。数年前から、冷凍庫の効き目が弱くなり、掃除をしたり、なるべくものを詰め込みすぎないようにして、だましだましやってきたのだが。さて、この状態をどう判断するべきか? この日の気温は34℃。

 炎天下の中、大急ぎで電気屋に駆け込み、いちばん早く届く冷蔵庫の中から、適当なものを注文して帰宅。庫内の片づけに取りかかる。製氷機の氷はじわじわと溶け始めていた。ごほうびにとっておいた、ハーゲンダッツクリスピーサンドアーモンドバター味も、ギリギリセーフという塩梅だった。冷蔵庫にとっておいた出汁で、冷凍庫のエビや鶏肉、冷凍コーンなどを煮込んで、傷んでしまうものは、泣くなく処分した(でも、翌日が可燃ゴミの日で本当に助かった)。

 夜、冷蔵庫の件がひと段落したので、映画の続きを観た。ヒロイン・シャシも鬱々としていた。良妻賢母に努めてきたのに、夫や娘にバカにされて、傷ついていた。そんな彼女が、姪の結婚式のため、単身でニューヨークへ行くことになる。英語の喋れない彼女は、ここでもまた無力感に苛まれるが、語学学校に通い始め、英語を覚え、フランス人のクラスメイトから好意を寄せられたりして、新しい自分を見つけていく。

 やがて、家族が合流したので、シャシは家族に内緒で通っていた語学学校をやめて、主婦業に戻る。でも、彼女は変わっていた。姪の結婚式では、夫の心配をよそに、英語で素晴らしいスピーチを披露した。その一節が今回の私的名台詞だ。「人は、自分のことが嫌いになると、周囲のこともいやになって、新しさを求める。でも、自分を愛することを知れば、古い生活も新鮮なものに見えてくる」と、自信を取り戻した彼女はいう。フランス人のクラスメイトに別れを告げて、彼女は、家族と一緒にインドへ帰っていく。予定外の出来事にくたびれてしまった、長い1日の終わりに、私は号泣した。

 新しい冷蔵庫が届く日、初めて冷蔵庫が動かせることを、これまたネットで知った私は、15年分の掃除をして(!)、心静かに到着を待っている。冷蔵庫を待つ間にふと思い立ち、このテキストを書き始めたのだが、実は操作ミスで、一度全部消えてしまった。この文章は、あわてて書き直したものだ。相変わらず調子は悪い。


 ……そして話は、ここで終わらなかった。冷蔵庫は夕方、たしかに玄関先まで来たのだが、階段が狭くて搬入も搬出もできず、クレーンを使っての大掛かりな作業は10日後となったのだ(しかも作業代に別途5万円もかかる!)。みじめなキャンプ生活は、9月まで続く。


さらに追記 キャンプ生活5日の夜、戯れに冷蔵庫の電源を入れてみたら、全滅していたスイッチがつき、庫内の電灯も明るく光ったではないか! 奇跡に嬉々としながら、急冷ボタンを押して、ジュースやこんにゃくなどをそっと入れ、明日起きたら、朝イチでスーパーに行って、ヨーグルトとか卵とか買っちゃうぞ〜と考えながら眠りについたのだが、朝、目覚めると、冷蔵庫は静かに壊れていた。一夜の夢だった……キャンプ生活は6日目に突入。冷えた豆乳のおいしかったことよ!



「マダム・イン・ニューヨーク」

英題/English Vinglish

監督・脚本/ガウリ・シンデー

出演/シュリデヴィ、アディル・フセイン、プリヤ・アーナンド、アミターブ・バッチャンほか

配給/彩プロ

製作年/2012年製作国/インド/スコープサイズ/134分 



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