私的名台詞#10 自分を助ける最良の人は、自分よ
映画「マダム・イン・ニューヨーク」から 8月に入って、調子が悪い。 仕事では、まともに取り合ってもらえない状況が続いて鬱々とし、いや、そもそもそんなたいそうな者でもなし、と思い直しては、どんよりしている。 住み始めて15年になる家は、あちこちガタがきはじめて、ネットで修繕費を調べては途方に暮れ、あっちに補修テープを貼っては、こっちは布で隠して、と素人的応急処置でお茶を濁しては、なるべく刺激を与えないように、そうっと、静かに暮らしている。改めてこう書き並べると、そりゃ調子も出ないわな、とも思うけれども、それにしたって、盛大にお湯を吹きこぼしたり、コーヒーの豆かすをひっくり返したり、自分を呪いたくなるような出来事が続いている。 2日前、仕事がひと山超えた昼下がりに「マダム・イン・ニューヨーク」を観ていた。インターバルにお茶を取りに台所へ行くと、冷蔵庫の中が真っ暗である。あれれ、ヒューズが飛んだのか? と確認するも、そうではないらしい。電源プラグを抜き差ししても、うんともすんともいわない。ネットで「冷蔵庫 真っ暗」で検索すると、庫内の電球が切れたんじゃ


2020年映画ベストテン+3
石村加奈のベスト10+3 ©2020「海辺の映画館-キネマの玉手箱」製作委員会/PSC 1海辺の映画館ーキネマの玉手箱 2パラサイト 半地下の家族 3はちどり 4ソウルフル・ワールド 5おらおらでひとりいぐも 6国葬 7ストーリー・オブ・マイライフ・わたしの若草物語 8佐々木、イン、マイマイン 9行き止まりの街に生まれて 10ジオラマボーイ・パノラマガール 緊急事態措置の前と後で、映画を取り巻く環境がすっかり変わってしまった一年だった。『パラサイト 半地下の家族 』を観たのなんて、ずいぶん昔のことのように思えるが、社会とリンクした作品の強度は、いま観ても健在。改めて素晴らしい映画だと思う。『海辺の映画館ーキネマの玉手箱』を遺して、大林宣彦監督が亡くなられたショックは、いまなお大きい。過去作を見返しながら、大林監督ならば、いまの世界をどのように感じ、どう表現するのか、とても知りたいと思った。少女をとりまくちいさな社会の、幅広い世代の登場人物たちの心の機微を描きだした『はちどり』は、観る世代によって違う感想を抱くのだろうなと、そんな懐の深さを感じた。


大林映画でしか見られない、壮年女性の色気
『海辺の映画館ーキネマの玉手箱』より 久しぶりに大林宣彦監督の映画『北京的西瓜』(1989年)を観て、気づいたことがあった。私は、大林映画の所謂“永遠の少女”より、人生の重みを背負えるだけの太さを備えた、壮年の女性たちに魅了されてきた。例えば『女ざかり』のヒロイン(吉永小百合)や、『海辺の映画館―キネマの玉手箱』の老婆(白石加代子)ら、ほかの作品ではちょっと見られない、ぞくりとするような色気が印象的だった。
『北京的西瓜』には、千葉県船橋市で夫の春三さん(ベンガル)と共に、八百屋を営む美智さんという女性(もたいまさこ)が登場する。美智さんは、春三さんの「中国病」(近所の寮で暮らす中国人留学生の窮状を知り、彼らの世話を焼き過ぎてしまう)から、仕事も家庭も振り回されていく。春三さんが、仕事をほったらかして留学生たちを観光に連れ出しても、息子の自転車や自分のネックレスを勝手にあげてしまっても、美人留学生に鼻の下をのばしても、美智さんは黙っている。しかし、心中穏やかではないことは、ヒヤリとするほどよく伝わってくる。風呂上がりにひとり居間に座って、鏡の


2019年映画ベストテン+3
岩根彰子のベスト10+3 ©Meta_Spark&Kärnfilm_AB_2018 1 ボーダー 二つの世界 2 幸福なラザロ 3 シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢 4 永遠の門 ゴッホの見た未来 5 ナディアの誓い 6 天国でまた会おう 7 バジュランギおじさんと、小さな迷子 8 たちあがる女 9 芳華-Youth 10 ワイルドライフ 2019年はマイノリティの声について考えさせられることが多い1年だった。だからだろうか、社会からはみ出さざるを得ない人々を描いた映画が強く印象に残った。『ボーダー 二つの世界』は、映像化によってまったく漂白されていない世界観が圧巻で、小説を読みながら深く物語世界に没頭していくときに似た感覚を味わえた。世界から孤立した主人公を描いている点では、ある意味、『ジョーカー』の対極に位置する作品のようにも思え、それは本作の主人公が社会のなかで「異形の女」として生きてきたことと関わりがあるような気もする。『幸福なラザロ』の奇妙な味わい、そしてあるべきところに音楽が響いた場面でわきあがった喜びは忘れがたい。『シュヴァル


枠から飛び出たヒロインにワクワク
タイトルや、主人公が一人暮らしの老女という設定からは想像もつかない、エッジの効いた映画だ。 映画の冒頭、ロシアの田舎町に暮らす73歳のエレーナは「心臓病で、いつ死んでもおかしくない」と余命宣告を受ける。都会に暮らす一人息子の“お荷物”にならないようにと、すべからく彼女は自分のお葬式の準備を始める。
それまでの静かな生活が一転、戸籍登録所や遺体安置所にいそいそと出向いては、元教師然とした態度で、手際よく準備を整えていく老女は、いきいきとして、実に楽しそうだ(赤い棺を運ぶエレーナとバスで出くわした少女たちの興奮ぶりを見よ!)。気の置けない女友だちと、通夜ぶるまいのご馳走を作って、いよいよあの世へ! ……というところで、再び物語は転調。作中に登場する「解凍した鯉」のように、息を吹き返した母と息子の、穏やかなひと時が描かれていく。
母子の長い時間の中で、先回りしては息子を守ろうとしてきた母親の愛情を、成長を受け入れてもらえないと、息子が重く感じたこともあっただろう。逆もまた然り。親子と言えども、それぞれの人生を生きる、別の人間なのだから、噛み


初めて母と映画を
最初にお断りしておくが、これはレビューではない。骨のある社会派映画について、こんなにセンチメンタルな文章も少し的外れかもしれない。しかし、映画についての、ひとつのエピソードとして記しておきたかった。
7月某日金曜日の午前中、病院で診察を待っていると、となりで新聞を読んでいた母が「ねえ、この映画は観たの?」と聞いてきた。「試写に行ったけど、満席で観れなかった」と私。「ふーん。是枝さんのコメントもあるよ」と母(樹木希林さんのファッションが好きだったので、是枝裕和監督の名前も知っているのだ)。母の名前が呼ばれて、予定より約1時間遅れの診察を受ける。病院で母と別れて、そのまま仕事に向かった。 翌日、夕食の準備をしている時に、ふと思い出して「昨日の新聞に出てた映画、観たいの?」と母に尋ねると「うん。でも近所の映画館ではやってないみたい」と言う。日曜日、渋谷のユーロスペースに一緒 に行くことにした。
四国で生まれ育った母が上京して、まもなく15年になる。 私の記憶の限りでは、日々忙しく、テレビを見る暇もなかった母は、映画とは無縁の人だった。やがて


2018映画ベスト10+3
2018年公開の映画ベスト10+その他印象に残った作品3本をピックアップ。 石村加奈の10+3 ©2017 Twentieth Century Fox. 1 スリー・ビルボード 2 菊とギロチン 3 ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書 4 レディ・バード 5 バッド・ジーニアス 危険な天才たち 6 リメンバー・ミー 7 ブリグズビー・ベア 8 苦い銭 9 ミッション・インポッシブル/フォールアウト 10 鈴木家の嘘 『スリー・ビルボード』の娘を殺された母・ミルドレッド(フランシス・マクドーマンド)然り、2018年は、喜怒哀楽の中の怒り、もっと言えば、復讐に突き動かされていく主人公たちの姿が印象的だった。それは今年の世相を反映しているようにも思う。ほろ苦いリアルであと味のすっきりしない『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』や『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』(今年は『レディ・プレイヤー1』も公開した、巨匠スピルバーグの懐深さ!)のヒットも、時代の風を受けている気がした。そんな不穏な時代だからこそ、『ミッション・インポッシブル/フォールアウト


私的名台詞#9<br>「彼らが最初に共産主義を迫害した時……」
映画『きらきら眼鏡』 高校時代の彼女の死を引きずったまま、日々をやり過ごしていた明海(金井浩人)の前に、突然現れた年上の女・あかね(池脇千鶴)。なんの変哲もない夏空に感嘆の声をあげ、事務員として働く産業廃棄物処理場に集められたゴミを人が生きている証だという風変わりな彼女は、笑顔の秘密を、こう明海に明かした。 「私ね、きらきら眼鏡、かけることにしてるんです。見たものぜんぶ輝かせる眼鏡」。 ゆるやかな交流が続いていく中で、明海は、余命宣告を受けた、あかねの恋人・裕二(安藤政信)の存在を知る。明るく振る舞うあかねを、裕二は「感動の天才」と評するが、明海は「ほんとうは今、きらきら眼鏡をかけてないと、壊れちゃいそうなんじゃないか」と心配する。 刻一刻と死に向かっていく恋人と、心が死んだままの青年との、危うい三角関係のバランスを、池脇千鶴がしなやかに図る。前述のファンタジックなセリフが切実に聞こえるのは、池脇の地に足の着いた演技力によるものだ(セリフの発声にも工夫が感じられる)。恋人の看護のために、産廃処理場に転職したという設定も、ヒロインの重心を低くする。


私的名台詞#8「恋愛は科学じゃない」
映画『タイニー・ファニチャー』 自尊心や感受性ばかり強いくせに、大事なものがまだ自分の中心になくて、自分の中で基準もないような、足もとがぐらつく時期がある。当時の自分がどれくらい無力でバカだったか、いやというほど知っているからこそ、その渦中でもがいている人を見るのは、正直しんどい。 大学卒業後、進路も決まらず「完璧な彼氏」とも別れて、ニューヨークの実家に戻った本作の主人公・オーラの場合、その憂鬱の一因には、芸術家として成功した母シリと将来有望な妹ネイディーン(本作の監督、脚本、オーラ役を務めたレナ・ダナムの実の母親と妹が演じるという最高の説得力!)に対する気後れがあった。 自分の自信のなさを、他者、すなわち男で手っ取り早く埋めようとするオーラは、母と妹が留守の自宅に、パーティで知り合った「知的で軽妙な」ジェドを泊めるという強攻策に出たが、進展はまるでなし。さらにはちょっと気になっていた文学系シェフ・キースにもデートをすっぽかされ、傷心というよりは放心状態で帰宅した後、なおキースとの恋を前向きに捉えるべきか? とうじうじする彼女に、ふてぶでしくも居


母としての覚悟、さらに
2017年の映画館の思い出と言えば、『女神の見えざる手』だ。レディースディでもないのに、女性客がひしめく劇場。タフなヒロインの胸をすくような活躍を堪能して劇場を後にする彼女たちの、元気の湧く様子。強いヒロインの映画を観ていると、活力に満ちていくのが自分でもわかる。今回は2月から公開される、オススメの映画を紹介したい。3本のヒロインには、母親、しかも強い母! という共通点がある。 まずは2月1日に封切られた『スリー・ビルボード』。アメリカ・ミズーリ州の片田舎の町で、娘を殺された母・ミルドレッド(フランシス・マクドーマンド)は、事件が解決しないことへの抗議を、町外れの巨大看板に掲示。名指しで非難された警察とミルドレッドの諍いは、住民をも巻き込み、日増しにエスカレートしていく。感情的なやり方に町中から敵視されるミルドレッドだが、ウィロビー署長(ウディ・ハレルソン)との人知れぬ交流から、ヒロインが半狂乱になっているのではないことがわかる。体調の優れぬウィロビー署長に対する優しさには、看板の手入れをしていたミルドレッドの前に、突如姿を現した鹿に向ける眼差し