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名画をいただく<br>『バベットの晩餐会』

 デジタル・リマスター版でよみがえった名画『バベットの晩餐会』が全国順次公開中だ。海辺の小さな村で慎ましく暮らす人びとの、心と体を満たすバベットのディナーは、スクリーンで観るとおいしさ&見応えが一段とUP! 貴重な機会をぜひとも味わっていただきたい。以下は、以前「午前十時の映画祭」で特集上映されたタイミングで「キネマ旬報」に掲載したもの。午前10時から始まる上映時間に合わせて、文末ではランチの予約をおすすめしたが、ランチでも、ディナーでも、心のままに召し上がれ!

 例えば溝口健二と同じ時代に生まれた映画ファンを羨ましく感じる体験はよくあるが、日本でバブル絶頂期に公開された本作については、今、スクリーンで出会える幸運を素直に喜びたい。当時もおそらく、映画の後、本作の晩餐会と同じフルコースを堪能するという具合の、デートの前菜的な、グルメ映画としてのファッショナブルな人気はあったかもしれない。しかし全編に散りばめられた豊かな機微をじっくり味わうには、右肩下がりの現代の方がふさわしく思えるのだ。

 物語の舞台は、19世紀後半のデンマークの小さな漁村だ。牧師であった父の意志を継ぎ、伝道者として生きる初老の姉妹のもとに、パリ・コミューンで家族を失ったフランス人の女性・バベットが逃げてくる。その後、長年家政婦として姉妹に仕えることになった彼女は、ある日、宝くじで大金を手にする。バベットは、そのお金を使って、姉妹の父の生誕100周年のお祝いの晩餐会を開かせてほしいと頼む。

 かつてパリで“厨房の天才”と呼ばれたバベットが、腕によりをかけた料理の数々が並ぶ晩餐シーンは圧巻だ。塩野七生は『男たちへ』というエッセイに「食は文化であり、食べ方は文明である。」と書いたが、肉体的欲求と精神的なそれの区別がつかない「情事と化した食事」を創り出す厨房のバベットの姿(ワインを片手に、滑らかなスピードで料理をする横顔がセクシーだ)と、初めは贅沢な食事に天罰が下るのではないかとびくびくしながらテーブルに着いた村人たちが、初めて口にする仏古典料理の美味さに自ずと心躍り、緊張の沈黙が弾け、ロマンチックな会話が飛び交うに至る変化の様が交互に描かれる一連のシーンには「天使もうっとり」。観ている側の頬も緩む。

 おいしい食事は、人をやさしい気持ちにさせる。104分の物語には、ひとりの人間の一生など幻影に過ぎないと実感させるほどの壮大な年月が流れている。若い頃に諦めた姉妹の恋や、蟠ったまま燻っていた昔の嫉妬心……。長年心に積もった重たい気持ちを一瞬にして軽くしてしまう、不思議な力が食という文化にはある。これは個人的な指標に過ぎないが、おいしく食事ができるうちは、その人とはいい関係を築けていると筆者は信じる。

 最後に本作をより楽しく味わうための趣向をご提案したい。気のおけない人と一緒に観ること。そして映画の後で心地よい空腹を幸福に変えてくれるランチの予約もお忘れなく。ランチという気軽さもまた、今っぽくてちょうど良いと思う。

『バベットの晩餐会』デジタル・リマスター版

原題/Babette's Feast

監督・脚本/ガブリエル・アクセル

原作/カレン・ブリクセン(イサク・ディーネセン)

出演/ステファーヌ・オードラン、ビアギッテ・フェザースピール、ボディル・キュアほか

配給/コピアポア・フィルム

製作年/1987年 製作国/デンマーク

日本初公開/1989年 カラー104分

全国劇場にて公開中 http://mermaidfilms.co.jp/babettes 

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