top of page

私的名台詞#6<br>「いいことだけ考えて。悪いことは言わないの!」

映画『人生フルーツ』

 是枝裕和監督の『海よりもまだ深く』、阪本順治監督の『団地』と、団地を舞台にした日本映画が印象に残った2016年。建築家・藤森照信氏の言葉を借りれば「(日本の)ダンチの性格を変えた」建築家が、本ドキュメンタリー映画『人生フルーツ』の主人公・津端修一さん(90)だ。

修一さんは、妻の英子(87)さんと、自らがプロジェクトに関わった、愛知県春日井市の高蔵寺ニュータウン内に暮らしている。とはいえ団地に住んでいるのではなく、タウン内の一角に木造平屋建ての家を建て、雑木や果樹を植え、畑を耕して、生活している。キッチンガーデンで育てられた70種の野菜と50種の果実(「百姓、百種」が英子さんの目標だったのだとか)は、お料理も上手な英子さんの手にかかると、ジャムやケーキ、ソースなどのごちそうに変わる(四季折々の食材を使ったお料理も、フルーツのように美しく、観る者の食欲をそそる)。修一さんもベーコンを作ったり、餅つきの日には満艦飾を掲げて、孫の名前の焼き印を入れるところまで楽しむという、憧れのスローライフだ。修一さんの著書『自由時間新時代』(はる書房)によれば、英子さんの手作りのものを食べるようになってから、修一さんは食べものへのこだわりを持つようになったという。「今日たべたものが、10年たって人間の体の細胞をつくり出すのだそうです。毎日のたべものが、10年先の健康を支配するという実感を、その頃から大事にしてきましたし、それが息の永い人生設計の基本になったような気がします」と記されている。

 一方、「女たるもの〜」的古風な家で育った英子さんは、何でも自由にやらせてくれる修一さんと結婚してから、臆せずものが言えるようになれたのだそうだ。英子さんが修一さんに教わったのは「自分ひとりでやれることを見つけてそれをコツコツやれば、時間はかかるけれども何か見えてくるから、とにかく自分でやること」。自給自足の生活は、90歳近い年齢になっても何ひとつ変わることなく、朝から晩まで、昼寝する暇もないほど忙しいものだが(本作で、お二人の働きぶりを観ればよくわかる)、何でも自分でできるという事実に基づいた自信は、どんなときも自分を支えてくれる。修一さんが亡くなったときも、英子さんの生活は揺らがない。一人では世話の難しい大木を切る決断も、実に潔かった。

「風が吹けば、枯葉が落ちる。

 枯葉が落ちれば、土が肥える。

 土が肥えれば、果実が実る。

 こつこつ、ゆっくり。

 人生フルーツ。」

 樹木希林が呪文のように繰り返すフレーズが、心にジュワーッと染み込んでゆく。「夢は、遠くの方を見ていた方がいい」だの、さりげなく名言が散りばめられた本作で、特にグッときたのは、津端家の庭で長年、小鳥の水場になっていた水盤が割れたことをぐずぐずと嘆く娘に、英子さんが言い放ったひと言だ。「いいことだけ考えて。悪いことは言わないの!」。伏原監督いわく「カメラを意識しなさ過ぎる、いたずらな魔女のよう」な英子さんの、断固とした口調に痺れた。長く“時をためた”人生の中から、育まれた知恵なのだろう。

 自分で食べものを買う年になり、フルーツの高価さを思い知って、長らく買い控えを心がけてきたが、最近体が、お菓子よりも果物を、欲するようになった気がする。親に食べさせてもらった果物が、切れてきたのだろうか? などと思いを巡らせながら、目先のことにばかり追われる筆者の目線を(過去にも、未来へも)ほんの少し遠くへ、そしてジューシーな気持ちにしてくれる、津端夫妻の生き方とは、まさにフルーツのようだ。

 最後に、本作鑑賞時のアドバイスをひとつ。エンドロールが終わっても、すぐ席を立たないように(素敵なお年玉のような、エピソードがあるんですよ!)。

『人生フルーツ』

監督/伏原健之 プロデューサー/阿武野勝彦 音楽/村井秀清 音楽プロデューサー/岡田こずえ 撮影/村田敦崇 編集/奥田繁 ナレーション/樹木希林

製作・配給/東海テレビ放送 配給協力/東風 製作年/2016年 製作国/日本 

ドキュメンタリー 91分

2017年1月2日からポレポレ東中野にて公開開始

(c)東海テレビ放送

bottom of page