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不器用な人にやさしい、青色の都会


『映画 夜空は最高密度の青色だ』

 4月の電車の中には、上京して間もない人たちの初々しさが漂っていて、懐かしい気持ちになる。聞きしに勝る朝の満員電車の恐怖や、乗り換えの難しさ(昔ほど大変ではないだろうけど)を、東京で新しく出会った人たちと、方言交じりでにぎやかに話す様子は微笑ましく、密かにエールをおくらずにはいられない。20年以上も昔のことだが、上京したての戸惑いは、いまでもよく憶えている。

 ゴールデンウィークが終わって、新しい生活に少しくたびれてしまったら、この映画を観てほしい。東京の街で、ある女と男が出会う物語だ(原作は、最果タヒの同名詩集)。夜はガールズバーで働く、看護師の美香(石橋静河)は、母を亡くして以来、募らせてきた虚しさから、上京後も疑心暗鬼をこじらせている。左目がほとんど見えない慎二(池松壮亮)は、日雇いの建設作業員として、危険に晒されながら、毎日汗水垂らして働いている。1000万人もいる都会の夜の、居酒屋で、ガールズバーで、雑踏の中で。何度も、偶然に出会ってしまう二人は「どうでもいい奇跡」と邪険に言いながらも、慎重に、少しずつ親しくなっていく。近づいては離れて、の繰り返しで、なかなか縮まらない距離感が生々しい。かなりひねくれた美香(しかし石橋が演じるといやみなく、可憐に見える!)とつき合うには、なかなか胆力を要するが、マイペースで気のいい慎二は、淡々と受け容れる。

 美香と慎二の気持ちの変化が、青色のグラデーションに投影されて、きれいだ。二人の心の色と重なって、朝、昼、夜……東京の狭い空の変化も、青一色で豊かに表現されている。4月に放送されたEテレの『日曜美術館「ピカソ×北野武」』で、北野武監督が、青色には、描く人(表現者)も、見る人(観客)に対しても、ひとつのキャンパスとなるような、許容量の広さがあると語っていた。多彩な表情を持つ、東京の街のやさしさを、石井裕也監督はさまざまな青色で描き出す。

映画の後半で二人が訪れる、美香の故郷の夜は、真っ黒だった。静まりかえった暗闇の中を、慎二の漕ぐ自転車に乗って「東京には黒がない」と言った美香は、家族の暮らす田舎に自分の在処を見出せなかったのだろう。しかし、騒々しい青色の都会には、鬱々とした気分を紛らわせてくれる、居場所があったし、何より慎二がいた。その慎二も、都会のネオンの明るさに、死んでも葬儀に来てくれる身内のいない孤独を慰められ、美香を求める素直な心を照らされていた。

 作中、幾度となく街中で、主人公たちとすれ違う、無愛想な路上ミュージシャンの、へたくそな歌も東京の街を象徴していて、印象深い。真顔で「がんばれ」と歌う歌声が、ちいさな奇跡を起こす。

『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』

監督・脚本/石井裕也 原作/最果タヒ 出演/石橋静河、池松壮亮 佐藤玲、三浦貴大、ポール・マグサリン、市川実日子、松田龍平、田中哲司ほか

配給/東京テアトル、リトルモア

製作年/2017年 製作国/日本 カラー108分

2017年5月13日(土)から新宿ピカデリー・ユーロスペースにて先行公開。5月27日(土)から全国公開

(c)2017「映画 夜空はいつでも最高密度の青空だ」製作委員会

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