top of page

私的名台詞#7<br>「親って複雑なんだよ」

映画『かぞくへ』

 人が信用できないのは、たぶん臆病だから。相手が怖いのは、自分の安全な居場所がまだ見つけられていないから。家族神話が崩壊し、近頃の日本映画では、若き主人公たちのまわりに、親の気配はおろか、親不在の設定が目立つ。しかし人というのはやはり、誰かに自分の存在を許してほしいと願っている。本作『かぞくへ』を観て、そう肌身で感じた。

 佳織(遠藤祐美)との結婚を控えた旭(松浦慎一郎)は、自分の紹介した仕事で、同じ養護施設で育った洋人(梅田誠弘)を詐欺被害に遭わせてしまう。旧友の窮状を見過ごせない旭は、佳織に内緒で、結婚資金を洋人に渡す。佳織との小さな亀裂は徐々に大きくなってゆく。すれ違う中で佳織が旭に投げつけた「親って複雑なんだよ」という言葉は「親ってそういうもんなの!」と続く。親や家族を知らずに育った旭は、ひどく寂しそうな表情を残して、佳織の元を逃げ去っていく。

 旭も佳織も洋人も、自分のことより相手を優先する、やさしい人たちだ。佳織が、実家のきつい事情を旭に言えず、ひとりで抱えているのも然り。大事な人のために、自分にできることを精一杯やっているはずなのに、うまくいかない。観客という俯瞰的な視座から、映画の中の旭を取り巻く人間模様を見ていると“いま、それを言っちゃあおしまいよぉ〜”ということが冷静にわかるのだが、一方で彼女が(あるいは旭が)相手に吐く、辛辣な言葉に嘘がないこともよく知っている。だからこそ、やるせない展開に胸が痛む。

 ひりひりするような本作の魅力は、若者同士の不器用なやりとりだけでなく、彼らと所謂“家族”のような身近な存在とのいびつな関係性まで、しっかり見せるところにある。佳織の母親は、祖母の体調を心配をして、度々実家に帰ってくる孝行娘を露骨に無視して、旭との結婚を反対する(佳織の実家に、父親の姿は見えない)。そんな幼稚な母を、佳織は見捨てられない。いよいよ追い詰められた旭は、勤め先のジムの会長に助けられるも、クライマックスシーンで会長に頼りきることはできない。既婚者の洋人もまた、詐欺に遭ったことを妻や妻の家族に打ち明けられずにいる。

 親しい相手にも怯えてしまう狭量にも光をあてて、孤独感を際立たせることで、決して悪い人間ではないのだけれど、果たして善い人間とも言い切れぬ三人が、映画の終わりに、それぞれの“かぞくへ”と辿り着く姿に切実さを与えている。

 本作には、詐欺師・喜多(森本のぶ)の母親も登場する。「母親のこととなると(詐欺師が)急にしおらしくなるのも、人間臭くていいなと思い、そう演出しました」と春本雄二郎監督が語る通り、母親、つまり家族というウィークポイントが、人でなしをも憎めなくしている。初監督にして、「人間って複雑なんだよ」と叫ばんばかりに、弱点もひっくるめて人間味として描き出す春本監督は、おそらく人(登場人物や観客)を信用しているのだと思う。だから映画の中で生きる彼らは行き詰まることなく、家族という固定概念の先の、”かぞくへ”向かうことができるのだろう。監督の不屈の愛が、そのまま作品になったようなタフな映画だ。

『かぞくへ』

監督・脚本・編集/春本雄二郎 プロデューサー/深谷好隆、春本雄二郎、南陽 撮影/野口健司 照明/中西克之 録音・整音/小黒健太郎 出演/松浦慎一郎、梅田誠弘、遠藤祐美、森本のぶ、三溝浩二、おのさなえ、下垣まみ、瀧マキほか

配給/「かぞくへ」製作委員会

製作年/2016年 製作国/日本 カラー117分

2018年2月24日(土)から3月9日(金)まで渋谷ユーロスペースにてレイトショー。ほか全国順次公開

(c)『かぞくへ』製作委員会

bottom of page