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大林映画でしか見られない、壮年女性の色気

『海辺の映画館ーキネマの玉手箱』より

 久しぶりに大林宣彦監督の映画『北京的西瓜』(1989年)を観て、気づいたことがあった。私は、大林映画の所謂“永遠の少女”より、人生の重みを背負えるだけの太さを備えた、壮年の女性たちに魅了されてきた。例えば『女ざかり』のヒロイン(吉永小百合)や、『海辺の映画館―キネマの玉手箱』の老婆(白石加代子)ら、ほかの作品ではちょっと見られない、ぞくりとするような色気が印象的だった。 『北京的西瓜』には、千葉県船橋市で夫の春三さん(ベンガル)と共に、八百屋を営む美智さんという女性(もたいまさこ)が登場する。美智さんは、春三さんの「中国病」(近所の寮で暮らす中国人留学生の窮状を知り、彼らの世話を焼き過ぎてしまう)から、仕事も家庭も振り回されていく。春三さんが、仕事をほったらかして留学生たちを観光に連れ出しても、息子の自転車や自分のネックレスを勝手にあげてしまっても、美人留学生に鼻の下をのばしても、美智さんは黙っている。しかし、心中穏やかではないことは、ヒヤリとするほどよく伝わってくる。風呂上がりにひとり居間に座って、鏡の中の自分の顔をまじまじと見つめる美智さんは、女の顔をしていた。怒っているというより、ただ淋しそうだった。美智さんは、ただただ、春三さんが好きなのだと思った。  一転、そんな淋しさをはね返すように、近所の人たちと出かけた海で、ぴょんぴょん跳ねる美智さんの背中の恰好よいこと! ノースリーブからのぞく二の腕も色っぽかった。美智さんはその後も、当たり前の顔をして(概ね黙って)春三さんを支えていく。そんな彼女の存在が、撮影スケジュールの変更を余儀なくさせた、31年前の6月4日に起きた天安門事件の史実を、より重く感じさせる。北京へ向かう飛行機のシーンで、春三さんのとなりに座る美智さんは、とても嬉しそうだったから。  作中「春さんは当たり前のことをきちんとやってんだ。いまは世間の方が当たり前じゃないんだから」という台詞があった(近所の人にそう言われた時も、美智さんは静かに微笑んでいた!)。人をきちんと描くことで、社会の危うさを映し出す表現者だった。

『海辺の写真館ーキネマの玉手箱』の当初の公開予定日だった4月10日、大林監督は旅立った。故郷・広島県尾道市を舞台に、映画の可能性をもって、戦争反対を描いた、これぞ”集大成”と呼ぶべき、しかし見たこともない、新しい映画である。舞台となる映画館のチケット売り場にいる老婆を演じているのが、冒頭に書いた白石加代子だ。彼女の「ありがとう」という言葉には、観客よ、かしこくなれ! という監督の思いが込められているように感じた。7月に再び劇場で観られることを嬉しく思う。

監督、脚本、編集/大林宣彦 製作協力/大林恭子 脚本/内藤忠司、小中和哉 撮影監督、編集、合成/三本木久城 VFX/塚元陽大  美術監督/竹内公一  照明/西表燈光  録音/内田誠  整音/山本逸美 音楽/山下康介 出演/厚木拓郎、細山田隆人、細田善彦、吉田 玲(新人)、 成海璃子、 山崎紘菜 、常盤貴子ほか 製作プロダクション/PSC 製作年/2020年 製作国/日本 カラー179分 配給/アスミック・エース 7月31日(金)よりTOHOシネマズシャンテほか全国にて公開

©2020「海辺の映画館-キネマの玉手箱」製作委員会/PSC

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