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音楽と映画 #2<br>「ニューヨークの巴里夫」

『スパニッシュ・アパートメント』(01)25歳、『ロシアン・ドールズ』(05)30歳、“青春三部作”完結編となる本作『ニューヨークの巴里夫』(13)では、ついに不惑を迎えた主人公・グザヴィエ。セドリック・クラピッシュ監督が“ライフワーク”と語る新作では、おなじみ、愛すべきダメ男の人生がポップに描かれる。

 小説家としても何とか軌道に乗り、妻のウェンディ、2人の子どもたちとのパリ暮らしに腰を落ち着けたはずのグザヴィエは、妻からの「NYに好きな人ができた」という告白で、またもや人生の大ピンチに見舞われる。混乱の最中、ウェンディはさっさと子どもたちを連れて今カレの元へ。渋る息子を説得し、送り出したグザヴィエだったが、子どもの学校問題が勃発。元妻と話し合うため、親友のイザベルを頼ってNYへ行くことに。チャイナタウンにアパートを借り、しばらくNYで暮らすことを決めた彼は、生活のために偽装結婚をしたり、イザベルの浮気に関わったり……。と、ますます複雑になっていくグザヴィエの人生。さらにはかつての恋人マルティーヌまでNYにやって来て!? 

 40歳になっても大人になり切れないグザヴィエが、ままならぬ人生に悪戦苦闘する姿は、青春時代を並走してきた身にはグッとくる(ラスト20分前、グザヴィエがNYの街を走り出したときには、心の中で大喝采を送っていた!)。ホーンの効いたクールな音楽で主人公の背中を押すのは、シリーズを通して音楽を担当するロイク・デュリー(本作にはクリストフ・“ディスコ”・ミンクも音楽監督として参加)。今回もジャジーでカッコいいオープニングから、グザヴィエがアメリカの地へ降り立った象徴的な場面、グザヴィエを知り尽くす三人の女たちが一堂に会した、感慨深いシーンからグランドフィナーレへ向かう物語を、ファンキーな音楽で盛り上げる。

『スパニッシュ〜』でも、レディオヘッドやダフト・パンクの楽曲を使い、バルセロナの異国情緒と、25歳という若さ特有の混沌を雄弁に表現したデュリーだが、本作でも魅力的なチョイスで、人種のるつぼ・NYに特別な輝きをもたらす。工事中のビルだらけの街並みには、フォーキーなメロディが印象的なアザー・ライヴズの「FOR12」、さまざまな人々が集うゴキゲンな夜は、ラテンのリズムがアツいオーケストラ・ハーロウの「FREAK OFF」、チャイナタウンの小さな公園に流れる、1940年代に中国で大ヒットした周璇の「夜上海」etc。それぞれのシチュエーションにぴったりの音楽をビビッドに起用することで、空間に奥行きを与える。グザヴィエがと電話でウェンディと喧嘩をするシーンでは、アッパーなウェンディの部屋に静かに流れるクラシックをかき消すパワフルさで、Grant Phabao&AFRODYETEのソウルフル・スカ「Itchin’For Your Love」が彼の怒りを代弁する! なんてユニークな演出も。本作で映し出されるNYには、グザヴィエの最後の決断を納得させるに十分なリアリティがある。

 デュリーの音楽には空間だけでなく、時間も自在に操る自由さを持つ。バルセロナ時代とまるで変わらぬ、グザヴィエのヘタレぶりに切なくなりつつ、NYのアパートでひとりぼっちの彼に寄り添う、柔らかなメロディには、一人の男が生きてきた40年という時間を感じた。軽やかなショパンのワルツが似合ったあの頃から、洗練されたバッハの「ゴルトベルク変奏曲/アリア」の似つかわしい年齢に……。清らかな旋律から、人生に降り積もる歳月の重みが伝わる。そんなささやかな変化も愛おしい、味わい深い映画だ。一年の終わりにオススメ。

追記:

「acteur 2015年1月号」(キネマ旬報社刊)に掲載した原稿です。恋だの愛だのより、人種のるつぼの深みを教わったフランス映画は、年末の寒い夜、無性に見たくなる。クラピッシュ作品をはじめ、コリーヌ・セローの「女はみんな生きている」(01)や世界中で大ヒットした「最強のふたり」(11)、アキ・カウリスマキの「ル・アーブルの靴みがき」(11)、ウッディ・アレンの「ミッドナイト・イン・パリ」には、ピカソやダリまで登場!? 2016年3月公開予定の「最高の花婿」も移民をテーマに描いた、にぎやかなコメディです。

今回紹介した楽曲

「FOR12」アザー・ライヴス

「FREAK OFF」オーケストラ・ハーロウ

「夜上海」作詞/范煙橋 作曲/陳歌辛

「Itchen’For Your Love」グラント・ファバオ&アフロディーテ

「ゴルドベルグ変奏曲/アリア」作曲/バッハ

「ニューヨークの巴里夫」

原題/Casse-tete chinois

監督・脚本/セドリック・クラピッシュ

出演/ロマン・デュリス、オドレイ・トトゥ、セシル・ドゥ・フランス、ケリー・ライリー

製作年/2013年 

製作国/フランス、アメリカ、ベルギー

日本公開/2014年

カラー117分

発売元/オデッサ・エンタテインメント

DVD3800円(税抜)

公式サイト

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