

2019年映画ベストテン+3
岩根彰子のベスト10+3 ©Meta_Spark&Kärnfilm_AB_2018 1 ボーダー 二つの世界 2 幸福なラザロ 3 シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢 4 永遠の門 ゴッホの見た未来 5 ナディアの誓い 6 天国でまた会おう 7 バジュランギおじさんと、小さな迷子 8 たちあがる女 9 芳華-Youth 10 ワイルドライフ 2019年はマイノリティの声について考えさせられることが多い1年だった。だからだろうか、社会からはみ出さざるを得ない人々を描いた映画が強く印象に残った。『ボーダー 二つの世界』は、映像化によってまったく漂白されていない世界観が圧巻で、小説を読みながら深く物語世界に没頭していくときに似た感覚を味わえた。世界から孤立した主人公を描いている点では、ある意味、『ジョーカー』の対極に位置する作品のようにも思え、それは本作の主人公が社会のなかで「異形の女」として生きてきたことと関わりがあるような気もする。『幸福なラザロ』の奇妙な味わい、そしてあるべきところに音楽が響いた場面でわきあがった喜びは忘れがたい。『シュヴァル


私的逸曲#2<br>「ジムノペティ 第一番」
「ジムノペティ 第一番」作曲/エリック・サティ 映画『ロスト・イン・パリ』より さまざまな映画で使われてきた、サティの代表曲「ジムノペティ 第一番」。本作では、エッフェル塔でのクライマックスシーンで、ドラマチックに映画を盛り上げる。 カナダの雪深い村に住むフィオナは、パリに暮らす、マーサおばさんからの手紙を受け取り、勇気凛々フランスへと旅立つ。未知なる大都会パリで、さまざまなトラブルに見舞われながらも、風変わりなホームレスのドムをはじめ、いろいろな人々と出会う中、行方不明となった叔母を探すフィオナの、ひと夏、というにはささやかな冒険が、ビビッドに描かれていく。 主人公フィオナとドムを演じ、本作の製作、監督、脚本を務めたのは“ジャック・タチの後継者”といわれる、道化師カップルのドミニク・アベル&フィオナ・ゴードン。セリフに頼らず、道化師ならではの力強い身体表現を用いた本作は、バーレスクコメディ(踊りを主にした、おどけ芝居)と呼ばれ、刺激的なエナジーに満ちみちている。 例えば、冒頭の手紙が届けられるシーンでは、ドアを開けた途端、室内に舞い込んでくる吹


私的逸曲#1<br>「今夜はブギー・バッグ」
「今夜はブギー・バッグ」(1994) 作詞・作曲・編曲/小沢健二、光嶋誠、松本真介、松本洋介 映画『オオカミ少女と黒王子』より 風邪で学校を休んだ、オレ様王子こと恭也(山崎賢人)の見舞いに行ったヒロイン・エリカ(二階堂ふみ)が、ぎこちなくもかいがいしく世話を焼き、恐らくまだ 誰も見たことがないであろう、恭也の邪気のない寝顔にうっとりする。彼の家のキッチンで雑炊を作るところから、とろけるような甘い気分の帰り道までの幸せな時間に、彼女が口ずさむのは、小沢健二&スチャダラパーの「今夜はブギー・バッグ」(94年)だ。 エリカの嘘から始まった、恭也に振り回されっぱなしの恋愛ごっこ。何かあれば幼なじみ(門脇麦)を頼ってしまう、奥手な女の子から、この瞬間、歌の魔法にでもかけられたように、グググッと大人っぽさが表出する。どことなく、岡崎京子の漫画の、ファンキーなヒロインを彷彿とさせる横顔。そういえば、この映画の登場人物たちは高校生だが、親や家族の気配がほとんど感じられない。離れて暮らす、のんきな恭也の姉(菜々緒)くらいだ。高校生のリアルに重きを置かず、ひとりの人


本→音楽と映画#4<br> 3.11をめぐって
小説『彼女の人生は間違いじゃない』 映画監督・廣木隆一の、初めての小説『彼女の人生は間違いじゃない』(河出書房新社)を読んだ。主人公のみゆきは、東日本大震災後も、地元・福島の仮設住宅で父親と暮らし、役所に勤める女性だ。彼女は時々、高速バスで東京へ行き、デリヘル嬢になる。目的はお金ではなく、「少し現実を忘れられる所」で「私を知らない誰かと。私も知らない私と。誰かを裏切ってみたかった。」から。震災で生き残ったことに、漠然とした負い目を抱えているのだろう。そんな彼女のこわばった心をほぐして、その人生を肯定してくれる、廣木監督らしい、やさしいお話だった。みゆきの、デリヘルで稼いだお金の使い方が、かわいらしい。ひよわでも、だらしなくても、監督の描き出す人間には、どこか憎めない人間味がある。 福島出身の廣木監督は、震災から1年後に『RIVER』という映画を発表している。クランクイン直前に、東日本大震災に遭ったこの作品は、監督の強い意志によって脚本が書き直され、震災後の日本を映し出す作品に変更された。その後も、福島ロケを敢行した『海辺の町で』(13年*3月5~


音楽と映画#3<br>『幸せをつかむ歌』
映画で、結婚式のシーンを観るのが好きだ。その土地の風土やお国柄、宗教、それぞれの家族が大事にしているもの、結婚するカップルのこだわりなど、ハレのセレモニーから、いろいろなことが見えてきて、俄然親しみがわくのだ。たとえば本作の主人公・リッキー(メリル・ストリープ)の次男ジョシュ(セバスチャン・スタン)の、花の種が添えられた結婚式の招待状からは、主賓の二人がロハスなオシャレカップルと推察できる。そして参列者たちに、ご祝儀代わりに寄付金を募るあたり、金持ち臭も漂う。そんな華やかな式典で浮いているのはリッキーだけだ。 夢を捨てられず、数十年前に家族を捨て、ひとりミュージシャンの道を選んだヒロインも54歳になった。ロサンゼルスのロックバーで、ハウスバンド「リッキー&ザ・フラッシュ」のリードボーカルとして歌い続けてはいるものの、客観的に見れば、スーパーのレジ打ちで生計を立てる、場末のシンガーだ。ある日、元夫ピート(ケビン・クライン)から「娘のジュリー(メイミー・ガマー*メリルの実娘)が離婚した」と連絡を受けたリッキーは、娘の助けになりたい一心で、インディアナ


音楽と映画 #2<br>「ニューヨークの巴里夫」
『スパニッシュ・アパートメント』(01)25歳、『ロシアン・ドールズ』(05)30歳、“青春三部作”完結編となる本作『ニューヨークの巴里夫』(13)では、ついに不惑を迎えた主人公・グザヴィエ。セドリック・クラピッシュ監督が“ライフワーク”と語る新作では、おなじみ、愛すべきダメ男の人生がポップに描かれる。 小説家としても何とか軌道に乗り、妻のウェンディ、2人の子どもたちとのパリ暮らしに腰を落ち着けたはずのグザヴィエは、妻からの「NYに好きな人ができた」という告白で、またもや人生の大ピンチに見舞われる。混乱の最中、ウェンディはさっさと子どもたちを連れて今カレの元へ。渋る息子を説得し、送り出したグザヴィエだったが、子どもの学校問題が勃発。元妻と話し合うため、親友のイザベルを頼ってNYへ行くことに。チャイナタウンにアパートを借り、しばらくNYで暮らすことを決めた彼は、生活のために偽装結婚をしたり、イザベルの浮気に関わったり……。と、ますます複雑になっていくグザヴィエの人生。さらにはかつての恋人マルティーヌまでNYにやって来て!? 40歳になっても大人にな


うわぁ、テクノのアロマテラピーや〜!<br>(彦摩呂風)
ドキュメンタリー映画『DENKI GROOVE THE MOVIE? -石野卓球とピエール瀧-』 “そうか、テクノという手があったか!”とテクノに救われたことが、これまでに三度くらいある。ちょっと煮詰まっていて、音楽も受けつけない状態の耳に飛び込んでくる、新しいサウンド。ロック時々パンク一辺倒の私にとって、なじみの薄いテクノ・サウンドには、SF的な興奮がある。ミスター・スポックやE.T.に出合ってしまった! ような衝撃に、視界が広がる錯覚すら覚えてしまう。それでも初めて聴く音で、体を揺らす快感は本物だ。その自由さは、恋に落ちてしまうほど気持ちいい。 そんな数少ない、最新の未知との遭遇体験が、先週試写で観たドキュメンタリー映画『DENKI GROOVE THE MOVIE?——石野卓球とピエール瀧——』だった。1989年8月20日、大阪・十三のファンダンゴで行われた、幻の初ライブから、昨年のFUJI ROCK FESTIVAL’14/GREEN STAGEまでのライブ映像を見るだけで、このバンドの破天荒な姿勢がビシバシ伝わってくる。日本初の本格的な


音楽と映画 #1 <br> 「母と暮らせば」
山田洋次監督が、84歳にして初めてCGを駆使して作った、話題のファンタジー映画『母と暮せば』。故・井上ひさしの、広島を舞台にした戯曲「父と暮せば」の対となる本作では、長崎を舞台に、原爆で息子を亡くした母・伸子(吉永小百合)と、息子・浩二の幽霊(二宮和也)とのやさしい時間が描かれる。 「父と〜」では、自分だけが生き残ってしまったと、負い目を抱えた娘の美佐枝が、原爆で亡くなった父・竹造の幽霊の、娘の幸せを願う温もりにふれて、明日への希望を持つようになっていく。本作で、美佐枝の役割を担うのは、伸子ではなく、浩二の恋人だった町子(黒木華)だ。「父と暮せば」(新潮社刊)のあとがきに書かれた、井上の言葉を借りるなら、町子もまた、幸せになってはいけないと“自分をいましめる娘”だった。 映画は、終戦から3年後の長崎が舞台となる。夫も長男も、次男の浩二までも亡くして、失意の伸子をずっと世話してきた町子。伸子も浩二も、町子の幸せを願う気持ちに嘘はないが、それはすなわち、浩二の死を受け入れるという、二人にとって過酷なことでもあった。「父と〜」より複雑な設定で、町子が、