

私的名台詞#6「いいことだけ考えて。悪いことは言わないの!」
映画『人生フルーツ』 是枝裕和監督の『海よりもまだ深く』、阪本順治監督の『団地』と、団地を舞台にした日本映画が印象に残った2016年。建築家・藤森照信氏の言葉を借りれば「(日本の)ダンチの性格を変えた」建築家が、本ドキュメンタリー映画『人生フルーツ』の主人公・津端修一さん(90)だ。 修一さんは、妻の英子(87)さんと、自らがプロジェクトに関わった、愛知県春日井市の高蔵寺ニュータウン内に暮らしている。とはいえ団地に住んでいるのではなく、タウン内の一角に木造平屋建ての家を建て、雑木や果樹を植え、畑を耕して、生活している。キッチンガーデンで育てられた70種の野菜と50種の果実(「百姓、百種」が英子さんの目標だったのだとか)は、お料理も上手な英子さんの手にかかると、ジャムやケーキ、ソースなどのごちそうに変わる(四季折々の食材を使ったお料理も、フルーツのように美しく、観る者の食欲をそそる)。修一さんもベーコンを作ったり、餅つきの日には満艦飾を掲げて、孫の名前の焼き印を入れるところまで楽しむという、憧れのスローライフだ。修一さんの著書『自由時間新


ディテールのおいしい映画
映画『バースデーカード』 誕生日には毎年、10歳で天国に行った母親(宮崎あおい)からバースデーカードが届く、のんちゃんこと本作のヒロイン・紀子(橋本愛)。生前に、娘の成長を想像して、学校をサボって映画館へ行くことを勧めたり、キスの手ほどきをしたり、と趣向を凝らし、書きためた...


想像力の穴と海〜秋の新作7本に寄せて〜
映画「湯を沸かすほどの熱い愛」より ハイカロリーな名演に圧倒された余韻はあるのに、気持ちがさっぱりしない。力作そろい踏みの今秋公開映画鑑賞後、そんな状態が続いていた。悶々としていたとき、東京新聞のインタビュー記事にハッとした。...


私的逸曲#1「今夜はブギー・バッグ」
「今夜はブギー・バッグ」(1994) 作詞・作曲・編曲/小沢健二、光嶋誠、松本真介、松本洋介 映画『オオカミ少女と黒王子』より 風邪で学校を休んだ、オレ様王子こと恭也(山崎賢人)の見舞いに行ったヒロイン・エリカ(二階堂ふみ)が、ぎこちなくもかいがいしく世話を焼き、恐らくまだ 誰も見たことがないであろう、恭也の邪気のない寝顔にうっとりする。彼の家のキッチンで雑炊を作るところから、とろけるような甘い気分の帰り道までの幸せな時間に、彼女が口ずさむのは、小沢健二&スチャダラパーの「今夜はブギー・バッグ」(94年)だ。 エリカの嘘から始まった、恭也に振り回されっぱなしの恋愛ごっこ。何かあれば幼なじみ(門脇麦)を頼ってしまう、奥手な女の子から、この瞬間、歌の魔法にでもかけられたように、グググッと大人っぽさが表出する。どことなく、岡崎京子の漫画の、ファンキーなヒロインを彷彿とさせる横顔。そういえば、この映画の登場人物たちは高校生だが、親や家族の気配がほとんど感じられない。離れて暮らす、のんきな恭也の姉(菜々緒)くらいだ。高校生のリアルに重きを置かず、


新世界★ドローンウォーズ
舞台「来てけつかるべき新世界」 久しぶりに声をあげて大笑いした。 冒頭の「やっぱり(CD)盤がないとなぁ」でくすぐられ、串カツの二度づけ禁止に一石を投じる「うずら理論」で完全にスイッチオン。そこから繰り広げられるドローンvsおっさん、野良ロボットvsおっさん、人工知能v...


私的名台詞#5「私はきっとろくでもない大人になる」
夏休みドラマ「キッドナップ・ツアー」 NHK公式ホームページより 夏休みの初日に、小学五年生のハル(豊嶋花)は、別居中の父親(妻夫木聡)に誘拐される。だらしなくて、情けなくて、お金もない父とのひと夏の旅で、少女は、それまで知らなかった父親の姿を知る。 冒頭のハルは、大それた誘拐を決行したことにはしゃぐ父親を、冷静に見据えていた(夏海光造のカメラが、夏の日差しの下、少女の心に沈んだ、諦めや緊張を美しく照らし出す)。角田光代の原作には「好き、とか、きらい、というのは、毎日会ってる人だから言えることなんだと気づいた。おとうさんのことが好きなのかきらいなのか、私は自分でわからなくなっていた」とある。大人でも子供でもない、端境の少女の眼差しが映し出す、大人の作った社会を、みずみずしく描いてきた演出家・岸善幸が、原作のこの部分を、鮮やかに掬い取ってみせる。別居する「とうの昔におとうさんのこと、好きでもきらいでもなくなっていた」少女は、ふざけた父親を目の当たりにして、忘れていた(忘れようとしていた?)感情を取り戻していく。 自分勝手な父親への怒


サンディエゴの青年に抱く、ふしぎな当事者感
映画『ヒップスター』 ふしぎな肌ざわりの映画だ。原題は真逆の「I AM NOT A HIPSTER 」(“HIPSTER”とは、流行に敏感な人を指すスラング)。たしかに本作の主人公、ブルック・ハイド(ドミニク・ボガート)は、流行に関心はなさそうだ。ライブシーンから始まる本作...


ひとりで踊る
土曜ドラマ「トットてれび」 NHK公式ホームページより 向田邦子が飛行機事故で逝ってしまった後、毎日入り浸っていた彼女のマンションの部屋を見上げるトットちゃん。喪服というには凝ったデザインの黒いジャケットとロングスカートに裾の長い白いブラウスを身につけた彼女は、思い出のつま...


名画をいただく『バベットの晩餐会』
デジタル・リマスター版でよみがえった名画『バベットの晩餐会』が全国順次公開中だ。海辺の小さな村で慎ましく暮らす人びとの、心と体を満たすバベットのディナーは、スクリーンで観るとおいしさ&見応えが一段とUP! 貴重な機会をぜひとも味わっていただきたい。以下は、以前「午前十時の映画祭」で特集上映されたタイミングで「キネマ旬報」に掲載したもの。午前10時から始まる上映時間に合わせて、文末ではランチの予約をおすすめしたが、ランチでも、ディナーでも、心のままに召し上がれ! 例えば溝口健二と同じ時代に生まれた映画ファンを羨ましく感じる体験はよくあるが、日本でバブル絶頂期に公開された本作については、今、スクリーンで出会える幸運を素直に喜びたい。当時もおそらく、映画の後、本作の晩餐会と同じフルコースを堪能するという具合の、デートの前菜的な、グルメ映画としてのファッショナブルな人気はあったかもしれない。しかし全編に散りばめられた豊かな機微をじっくり味わうには、右肩下がりの現代の方がふさわしく思えるのだ。 物語の舞台は、19世紀後半のデンマークの小さな漁村だ


私的名台詞 #4 「アフリカの飢えた子供たちのことも、ごめんなさい、本当にどうでもよかった」
小説『それでも花は咲いていく』より エーデルワイス、ダリヤ、ヒヤシンス、デイジー、ミモザ、リリー、パンジー、カーネーション、サンフラワー。 9つの花の名前を冠した短編をあつめた『それでも花は咲いていく』(幻冬舎)は、芸人・前田健の処女小説だ。さまざまな種類のセクシャルマイノリティを主人公にした物語は、はかなげだったり可憐だったり凛としていたり、そして時には歪んでいたり、まさにタイトルに並ぶ花のように色も形もさまざま。素直でやわらかな文章はさらりと読めるが、ただ流れていってしまうのではなく、読後にはきちんとなにかが心に残る。はじめての小説とは思えない装丁や本文デザインも含めて、とても手ざわりのいい端正な本だ。 けれど、私がこの本をたまらなく好きだと思ったのは、次の一文を読んだときだった。 “もうなんでもいい。加奈子のことも、この彼のことも、レンタルビデオの延滞も、 嫌味な上司も、結婚しろという親も、アフリカの飢えた子供たちのことも、ごめんなさい、本当にどうでもよかった。” これは「ダリア」の主人公であるセックス依存症のOLが、快楽に
