

私的名台詞#3「花も実もつかないけど、なんかの役には立ってんのよ」
映画『海よりもまだ深く』 古ぼけた団地のベランダで、年老いた母・淑子(樹木希林)が、すっかり中年になった息子の良多(阿部寛)に朗らかに語りかける。昔、彼が植えた蜜柑の木に水をやりながら。夫を亡くし、住み慣れた団地で気ままに暮らす淑子が、毎日せっせと手入れを欠かさないので、木は立派に成長している。花も実もつけないけれど、青々と茂った蜜柑の木に、人生につまずきっぱなしの息子を重ねて、母はそうつぶやいたのだ。「海より深く人を好きになったことなんてないから生きていける」とうそぶく母の愛は、海よりも深い。 15年前に一度文学賞を獲ったきりの、売れない自称作家の良多は、周囲にも自分自身にも「小説のためのリサーチ」と言い訳をして、探偵事務所に務めている。そんな夫に愛想を尽かして、響子(真木よう子)は、11歳になる息子・真悟(吉澤太陽)と連れて離婚した。ギャンブルがやめられず、養育費もろくに払わないくせに、息子には見栄を張りたいし、元妻に新恋人ができればショックを受ける。プライドだけは笑っちゃうほど高い、良多の頼みの綱は母である。小学生の息子に心配され


母の日によせて 映画の中の母たち
A新聞の“母の日”に寄せた紙面で、母と娘で一緒に観たい映画についてのインタビューを受けた(5月8日掲載予定)。改めて母娘をテーマにした映画を整理してみると、古今東西、娘にとって、母とは巨大な壁であると思い至った。今回はB面のノリで、ひとりで噛みしめたい(!?)母娘映画を紹介したい。 母なる障壁を乗り越えたとき、娘は、ひとりの女性として、大きな成長を遂げた達成感を覚えるのだろう。近年ディズニーアニメで、母娘をテーマにした作品が目立つのも、そんなドラマチックな側面に惹かれる部分が強いのではないか。『塔の上のラプンツェル』では「あなたの味方」と言って、娘を支配する(育ての)母の呪縛から解放される、18歳の娘の成長が爽快に描かれていく。 ひと昔前の、過保護な母の弱さを映し出したのは『ソロモンの偽証』で、永作博美が演じた母。華奢な体に似合わぬ派手な装いで、娘を守ろうと虚勢を張る母の危うさを、宮部みゆきの原作以上に鮮烈に表現した。公衆電話ボックスから走り去る姿は、いまも脳裏に焼きついている。 最近こそ、深刻な毒母問題がクローズアップされているが


私的名台詞#2「なんだかんだ言ってお前が正しいよ」
映画『モヒカン故郷に帰る』より 緑のモヒカン頭の売れないバンドマン、主人公・永吉(松田龍平)が、妊娠した恋人の由佳(前田敦子)を連れて、7年ぶりに帰郷すると、父親(柄本明)の末期ガンが発覚。パクチー栽培で妻子を養おうかとうそぶく、30歳過ぎの愚息は、図らずも頑固親父の死と向き合うことになる。 さて今回の私的名台詞、正しくは「俺は俺なりにいろいろ考えてみたんだけど、なんだかんだ言ってお前が正しいよ」である。作中二度、永吉が口にするセリフだ。一度目は、父親の今後の治療方針について、本島の大きな病院でセカンドオピニオンを求めるべきではないか? と、母親(もたいまさこ)と弟(千葉雄大)が真面目に相談する中、長男としての意見を求められたとき。何も考えていないのがバレバレだ。 帰郷前のライブの後、メンバーたちが今後について話し合っているときにも、のらくらと使っている。どこまでも人任せな、トボケた男である。 中学生男子の言葉に感化されちゃうほど、のんきな永吉だが、どこか憎めない(松田からじんわりと醸し出される、おかしみによるところが大きい)。馬鹿息子に


私的名台詞 #1「お友達なんですか? 相手の人」
映画『百円の恋』より 安藤サクラが32歳の自堕落な引きこもりから一転、ボクサーを目指して試合に挑むヒロイン・一子を魂込めて演じた映画『百円の恋』。第39回日本アカデミー賞で最優秀主演女優賞と最優秀脚本賞(足立紳)を受賞した本作が、4月8日(金)までテアトル新宿で凱旋上映中だ。 一子が働く百円ショップに裏口から通ってくる根岸季衣演じるホームレスおばちゃんのタフな生命力や、見ているこちらまで走り出したくなるような安藤サクラのトレーニングシーン。反面、そんな彼女たちのどうしようもないだらしなさもちゃんと描かれていて、良くも悪くも女が拳を握りしめたくなる本作だが、個人的にいちばん胸に刺さったのはこのセリフだった。 「お友達なんですか? 相手の人」 初めてボクシングの試合を見た夜、一子が新井浩文演じる中年ボクサー・狩野に向けて放った一言だ。「なんで?」と聞き返されて、一子はこう答える。 「肩、叩き合ってたから」 試合が終わり、ボクサー同士が互いに健闘をたたえて肩をたたきあう姿を見て、友達なのかと思った。その一子の心情があまりにも切なくて痛


主人公の、観客の、人生に寄りそう犬映画
映画『ミラクル・ニール!』をめぐって Twitterの自己紹介でも、犬好きを公言している先輩ライターのTさん、Twitterでは僅差で猫派を語るSさんと、大久保で春の肉食会。春休み映画『ミラクル・ニール!』の話から、犬好きのTさんに、好きな犬映画を聞いてみると『人生はビギナ...


おばさんも乙女も、やらかくあやし合って
NHK朝の連続テレビ小説「あさが来た」 ヒロイン・あさを演じる波瑠の、物憂げな顔つきのせいか、朝ドラらしからぬ、夜っぽい印象を抱いていた、NHK朝の連続テレビ小説「あさが来た」。男勝りなあさと好対照なキャラクターで人気を集める、可憐な姉はつ(宮崎あおい)にまで、夫・惣兵衛(...


いつかこの部屋を思い出してきっと泣いてしまう
ドラマ「いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう」 本当は互いに思いあっているのに、精神的に危うい恋人を見捨てられないと正直に頭を下げる錬(高良健吾)と、それをきちんと受け止める音(有村架純)。そして後半では立場が逆転し、荒んでいた自分を救ってくれた音にまっすぐ思いを向け...


本→音楽と映画#4 3.11をめぐって
小説『彼女の人生は間違いじゃない』 映画監督・廣木隆一の、初めての小説『彼女の人生は間違いじゃない』(河出書房新社)を読んだ。主人公のみゆきは、東日本大震災後も、地元・福島の仮設住宅で父親と暮らし、役所に勤める女性だ。彼女は時々、高速バスで東京へ行き、デリヘル嬢になる。目的はお金ではなく、「少し現実を忘れられる所」で「私を知らない誰かと。私も知らない私と。誰かを裏切ってみたかった。」から。震災で生き残ったことに、漠然とした負い目を抱えているのだろう。そんな彼女のこわばった心をほぐして、その人生を肯定してくれる、廣木監督らしい、やさしいお話だった。みゆきの、デリヘルで稼いだお金の使い方が、かわいらしい。ひよわでも、だらしなくても、監督の描き出す人間には、どこか憎めない人間味がある。 福島出身の廣木監督は、震災から1年後に『RIVER』という映画を発表している。クランクイン直前に、東日本大震災に遭ったこの作品は、監督の強い意志によって脚本が書き直され、震災後の日本を映し出す作品に変更された。その後も、福島ロケを敢行した『海辺の町で』(


冬の本棚
冬の読書は楽しい。寒い冬の夜にぬくぬくした毛布のなかで、あるいはあたたかいストーブの前で本を読んでいられる幸せは格別だ。そんなとき、鼻がつんとするような冬の空気や雪の冷たさを感じさせてくれる6冊。 「闇の左手」 アーシュラ・K・ル・グィン(ハヤカワ文庫)...


音楽と映画#3『幸せをつかむ歌』
映画で、結婚式のシーンを観るのが好きだ。その土地の風土やお国柄、宗教、それぞれの家族が大事にしているもの、結婚するカップルのこだわりなど、ハレのセレモニーから、いろいろなことが見えてきて、俄然親しみがわくのだ。たとえば本作の主人公・リッキー(メリル・ストリープ)の次男ジョシュ(セバスチャン・スタン)の、花の種が添えられた結婚式の招待状からは、主賓の二人がロハスなオシャレカップルと推察できる。そして参列者たちに、ご祝儀代わりに寄付金を募るあたり、金持ち臭も漂う。そんな華やかな式典で浮いているのはリッキーだけだ。 夢を捨てられず、数十年前に家族を捨て、ひとりミュージシャンの道を選んだヒロインも54歳になった。ロサンゼルスのロックバーで、ハウスバンド「リッキー&ザ・フラッシュ」のリードボーカルとして歌い続けてはいるものの、客観的に見れば、スーパーのレジ打ちで生計を立てる、場末のシンガーだ。ある日、元夫ピート(ケビン・クライン)から「娘のジュリー(メイミー・ガマー*メリルの実娘)が離婚した」と連絡を受けたリッキーは、娘の助けになりたい一心で、イ
